多様性が世界を変える?

「多様性とかダイバーシティーという言葉は最近では生活の中にすっかり浸透してきましたが、その理解度というと、まだまだ表層部分にとどまると同時に偏った理解のまま、言葉だけが独り歩きしながら「実践している」という誤解を生んでいることに気づかないでいるように思います。

社会において、バズワードとも言える「多様」を口に出すのは簡単です。
しかし、実際に体現するとなると、それが可能な人はというと疑問に思います。
社会の変化に対応するための、根本的な多様性とは、少しズレているのではないでしょうか。

単に性的(LGBT)や人種の多様性、障害者、子育て支援、高齢者支援に止まらずありとあらゆる分野において、更には見えない深層部分の思想、哲学、価値観、宗教、文化、個性、等々広範に及びます。
多様性とはつまり、個人的集団的状況や文化、精神の在り方のことです。

多様性という言葉の認識の差が、日本と海外の差と言っても過言ではないかと思っています。

ほぼ同一の環境で、似た価値観の人と暮らすことを好む日本社会。
そして、常に多様な人種に囲まれて、幼少時代から過ごすことが普通な欧米社会。
どれだけの思考の違いが、そこにはあるでしょう。

これまでは、日本の単一の価値観でも、社会は成り立ってきました。
多様さを排除する方法が、最適だった時代もあるかもしれません。
しかし、現在は異なります。
異質なものを排除するよりも、異質なものから新たなアイデアを得る主義です。

社会の多様性とは? 「9割が勘違い」する本当の意味 (altea.in) 参考 抜粋

1960年代、デジタル革命が起こり始めたシリコンバレー。
サンフランシスコ周辺には、非常に多様な文化が存在していました。

ヒッピーやバイセクシャル、ゲイ、レズ、MBAや研究者、音楽家や芸術家。
薬で頭が少し飛んだようなキッズや、ハッカー。
社会性がある人も、まったく無い人も、一緒になって生活していたのです。

そんなシリコンバレーに、いつしか「世界を変える」という反骨精神が生まれました。
世界を変えるという革命の前に、シリコンバレーの人々は一緒になって議論しました。
互いを受け入れ、価値観の違いを受け入れ、融合させ、上乗せし、アイディアを出し合ったのです。
ヒッピーとハッカー、投資家に学者、先生、MBA保持者、芸術家。
あらゆる個性と個性が混ざりあいながら、他社を受容し、受け入れ、発想を高めあいました。

結果、コンピューターを中心とした新しい世界が幕を開けたのです。

社会の多様性とは? 「9割が勘違い」する本当の意味 (altea.in)引用

日本における「多様性」の捉え方は、時代の流行思想という程度のものかもしれません。つまりこれまでの経験に上積みする一部のレイヤー的考え方です。

しかし、そもそも「生物多様性」とは、生きものたちの豊かな個性と、相互のつながりのことをいいます
これらの生きものはどれを取ってみても、自分一人、ただ一種だけで生きていくことはできません。
多くの生命は他のたくさんの生物と直接または間接的にかかわり、初めて生きていくことができるのです。
この関わりをたどっていけば、地球上に生きている生きものたちが、全て直接的・間接的につながり合い、壮大な生命の環を織り成していることが分かります。
「生物多様性」は、この地球という一つの環境そのものであり、そこに息づく生命の全てを意味する言葉に他なりません。

万物の形成に関わる重大な仕組み、それが「多様性」なのではないでしょうか。

つまり、「多様性」は受け入れるという上から目線の傲慢な姿勢では体現できないのではないかと思うほどです。むしろこの「多様性の仕組み」が及ぼす関係性を尊重しなければ、生物も世界も成立が危ぶまれるのではないかと思ってしまうのです。

実は私の経験からも、このことは大いに納得できるものです。私自身、過去(数十年前)には単一の価値観に縛られ、その狭小世界で右往左往していた時代がありました。

そして、まだそれほど「多様性」を叫ばれていない時期に、釈迦の根本思想「縁起」という理念に出逢い、「万物は何一つとして、単体で成立(生きている)するのではなく、多くの関係性に依って成り立っている。」ことを知りました。

「多様性」とはまさにこのことではないかと思うのです。

実際、この「関係性で成り立つ世界」を深く理解していくに従って、それまで私の内側に巣くっていた「怒り」が次第に薄くなって行くのを感じました。

ちょっとしたことでイラついていた自分は、拒否、反発、否定の連続でした。
ところが、「関係性で成り立つ世界」が浸透することで、肯定することが身につき、余程でない限り腹が立つことがなくなりました。

「怒り」の希釈は「不安」や「恐れ」の希釈にもつながりました。それは「心の安定」をつくり、平和と豊かさに包まれる日常へと変化していったのです。

人が「怒り」「恐れ」から解放されるということがどれほど意味深く、人生を豊かに彩るかを実体験したのです。

つまり、単一性は分離をつくり、対立を生み、異質な者への拒否反応、警戒心、同種意識(異質視されていないか不安)の強迫観念、更には怖れまでも生み出していたということがわかりました。

多様性を深く理解し、尊重し、感謝し、体現することこそ、結果として平和を実現できるのではないかと確信するようになりました。

それは個人においても国においても同じレベルです。

ヒトラーはこのような多様性に逆らい、単一性を信じて疑わないことで、破滅の道へ進んでしまいました。それだけに留まらずユダヤ人600万人もの殺戮という恐ろしい歴史の結果を残してしまいました。

その道をプーチンも歩んでいます。更に彼は街ごとを廃墟にし、ウクライナ人の生きる根幹まで奪ってしまっています。

それもこれも、原因はみな権力への絶対崇拝。つまりそれはヒエラルキー世界観であり、言い換えれば「否多様性」という価値観への固執なのです。

このように単一思考・単一価値観が人間をどれほど愚かな行為に導くか、まざまざと見せつけられているように思います。

「多様性に生きる」と「否多様性に生きる」とでは、幸福感が全く異なるということを欧米諸国の人たちは知っています。だから彼らは「多様性」をすんなり受け入れることができました。

そのような幸福感を体験していない人たちにとっては、絵空事の世界でしかないのです。絵空事を信じることなどできようはずがありません。

「そんなものは無い」と決めつけ、わが信念を貫いているのでしょう。
ロシアの体制も多様性の一つですから、その存在を否定することはできません。
それが価値観を異にする他国に及んだことが問題です。

世界は、非多様性の存在を認めた上で、強迫や暴力の実行で他国の多様性を犯さないルールが必要不可欠になっています。

たとえ独裁国家という体制であっても、国民がその体制に満足していれば問題ありません。
しかし、その体制に不満をもつ人がいれば、自由に他国へ移民できるシステムも必要です。

世界は大まかに自由主義とそれ以外の国に二分することになるかもしれません。
そうなると外交や貿易など、資源の流通も同種のグループ間に偏るかもしれません。

その際、異なる価値観の国が隣同士の場合、資源輸送のためのパイプライン問題もあり、一朝一夕にはいかないと思うのは当然です。

ところがこういう時には、降って沸いたような新しいテクノロジーが出現します。
実は降って湧くのではなく、下積みの研究が公開されず秘密裏に隠されてされていたということもあり、それが日の目を見るに至るということです。

例えば
今から46年以上前に存在した燃料の要らないエンジン。ニコラ・テスラは、「地球全体の磁場」を利用し電気振動と共鳴させることで空間からエネルギーを無限に得られる仕組み(フリーエネルギー)を構想していた。資源(燃料)を全く使わない地球のパワーを利用した究極のエネルギーです。

  • テスラは燃料の要らないエンジン「放射エネルギー利用装置」として特許を取得
  • 人類に利便性と幸福を常に願っていたテスラが、無料で使える電力供給システムを実現することを知り、エジソンと電力会社は面白くなかったのは想像がつく、まさかそこまでひどい仕打ちをするとは・・・(最終項に詳細を記載)

https://regoist.com/3571/ 「フリーエネルギー」公開!世界の電力システムが一新される瞬間が来る! | 知的好奇心らぼ (regoist.com)引用

また、
2016年のニュース『アメリカ ネバダ州に住むマックス・ローハン君 13歳が、たった1600円(14ドル)という低コストでフリーエネルギー装置を実現。 主な材料は大きなコーヒー缶1個に電線、コイル2巻、スプーン1本! テスラコイルをヒントに開発』

公にはされていないが、何とフリーエネルギーは各国の研究者により自作されている。テスラのフリーエネルギーの原理は安価でシンプルに実現が可能なのだ。
既に世界的には発表済だった!(日本では全く情報なし・・・「2050年 未来のエネルギーについてのシンポジウム」

https://.youtube.com/watch?v=wFiW2…

そのほか
「ツェネック表面波」は、地球の表面を導波管として使用し、通信信号や電力を長距離にわたって効率的に伝送できるようにする電磁波です。

世界のエネルギーシステムを一新する「ツェネック表面波」
世界中にラジオの電波のように安全に電力を供給するツェネック表面波。しかも既存の電力システムで受電が可能。更に未来戦争で使用される電磁パルス攻撃を受けても停電しない!

発見者ヨーナタン・ツェネック(1871-1959)は地球の表面上の電磁波伝播を研究した最初の既知の科学者の一人でした。
「ツェネック表面波」は、地球の表面を導波管として使用し、通信信号や電力を長距離にわたって効率的に伝送できるようにする電磁波です。
ツェネック表面波では、電力が電磁波を使用して従来の伝送線路を介して送信されるのとほぼ同じ方法で、地球の表面に沿って電力が送信されます。

20世紀初頭には、電磁波理論の2つの理論が共存していました。従来のアンテナを介して見通し線上で送信され、距離をかけて空間へと消散する古典的なヘルツ放射波(地上波)です。

(参考)「フリーエネルギー」の歴史 引用
アーバスQラー QArmyJapanFlynn【フリーエネルギー】より抜粋

「燃料の要らないエンジン」の登場と開発者の不審死
米エド・グレイは、テスラが特許を取得した”放射エネルギー利用装置 “の応用であるのR.E.モーターを開発。「燃料の要らないエンジン」として当時注目されていた。

グレイは1974年の終わりまでにR.E.モーターを量産体制にし一般の人々に役立てるつもりでした。

しかしロサンゼルス地方検事局の強制捜査により、彼の研究資料や記録、図面、試作機などあらゆるものが押収されました。

世界初の燃料の要らないエンジンがロス地方検事に圧力をかけられている」「そして地方検事の背後には石油資本や自動車資本がある」と報じた「ザ•ナショナル•タットラー」紙は後に廃刊になり、グレイも不審な死をとげます。

そのほか多くの闇に葬られた研究者たちが存在していたと言います。

さらに詳細は「フリーエネルギー」公開!世界の電力システムが一新される瞬間が来る! | 知的好奇心らぼ (regoist.com)

このようにニコラ・テスラの時代から、フリーエネルギーの研究は行われ、日本においても開発に成功した方も存在するようです。

フリーエネルギー開発者 高頭恭胤さん

短編『フリーエネルギー2』 – Bing video

量子エネルギー発電機

Electric power of Self-sufficiency フリーエネルギー特集 | phase-magazin (phase-magazine.com)

これまでは、石油業界、電力業界など世界的経済の根幹にある企業から、こういった研究は喜ばれず(企業存続を脅かす研究のため当然)闇に葬られてきましたが、このような貴重な方々の開発が、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機という現実によって、研究が表面化し、現実的になるのも近いような気がしています。

もしそのようなことが現実化したら、世界の枠組みは大きくリセットされ(グレイトリセット)、これまでとは全く異なる新しい世界が構築されるかもしれません。

私たちの思考も単一・画一思考から多様思考に変換し、問題の本質に目を向けることが、もしかしたらウクライナ危機の解決策にもつながるかもしれないと思うのです。

(続) 社会変革への大胆な提言 『モモに学ぶ時代の牽引者たち』

NHK BS1スペシャル「コロナ新時代への提言3 それでも、生きてゆける社会へ」

 BS1スペシャル コロナ新時代への提言3 それでも、生きてゆける社会へ 山口周 斎藤幸平 磯野真穂

斉藤;
なぜ 私は マルクスのような 思想家を 読んで いるか ?
マルクスは 根本から問う。
ラジカルに問うことをしている、つまり 「豊かさ」とは そもそも何か?を 問わずして この問題は考えられない。

私たちは 資本主義的に「豊かさ」を前提としてしまえば、 当然経済成長してゆくことが 「豊かさ」の前提になるが マルクスにかえると 資本主義の「豊かさ」という前提そのものを問うことになる。

例えば、例えば 子育て において 1人 何千万かかると 数値で言われると すぐにソロバンをはじいて、 1人ならなんとか 育てられるかもしれないけど 2人は厳しいなー とか、 あるいは 今多くの人たちの間では, 一人を育てることさえも 都心部では 厳しいといわれている。子供を持たない選択をするカップルも増え 少子化が問題になっている。

そういう社会が 豊かなのか、 私たちはこの社会に 充分な食料が存在してないからという理由で 子供を持たない選択をしているわけではなく、 食料 電力 など 充分有り余るほどあるにも関わらず、 ただお金がない という理由で それも社会全体にないのではなく 一部に偏ったため、 多くの人たちが 子育てを 諦めざるを得ない。 また 別の自分の夢や希望を 諦める社会、 これはむしろ 貧しい社会なのではないか。

ナレーション
では 子を和む 社会はどうあるべきか?
まずは 人々の 誤解を とく必要があるという。

斎藤;
よく誤解されているのは マルクスも そういった 近代化を 勧め 経済成長をしていこうという 思想だったと言う風に誤解されている。

ナレーション
斉藤はこれまで 埋もれていた 晩年のマルクスの文章から 知られざる 施策の 到達点を 見出した。

斎藤;
マルクスは 初期の若い頃は 資本主義 をもとに 技術も発展して行くし 膨大な富が 生み出される (ことに) 感銘を受けて 確かに一部の資本家たちによって 独占されているから よくないけれども この技術がみんなのものになって 広がって行き もっと経済が成長していけば みんな豊かな生活ができるようになると 楽観的に考えてきたフシがあった。 ところが だんだんマルクスが 年を取っていくにつれて むしろ 資本主義というのが いかに破壊的なシステムなのかということを認識するようになった。 それは単に 格差が広がっていって、労働者が資本の奴隷になっていくだけではなく、自然から奪う力を強めていくことで環境問題が深刻化していくということを、特に晩年のマルクスは認識するようになっていた。

ナレーション
晩年イギリスで暮らしたマルクスは 貧しい人びとの劣悪な労働環境や、自然が破壊されることに 心を痛めていた。 やがてマルクスはその眼差しを 地球そのものへ向けていく。 >> 続きを読む

社会変革への大胆な提言『モモに学ぶ時代の牽引者たち』

NHK BS1スペシャル「コロナ新時代への提言3 それでも、生きてゆける社会へ」

BS1スペシャル コロナ新時代への提言3 それでも、生きてゆける社会へ 山口周 斎藤幸平 磯野真穂

 

児童文学者ミヒャエル・エンデの『モモ』は、私たちに「本当のコトとは?」を教えてくれる、大人たちへの覚醒を促す奥深い哲学書ではないかと思っています。

そんな『モモ』を愛読する知識人たちも多く、今回はその一部の3人の方々による、コロナ禍から見える「本当のコト」が語られたNHKの番組からお伝えしたいと思います。

山口 周 (独立研究家)
コロナにより近代が終わろうとしている。誰もが「生きるに値する社会」は、どうすれば実現できるか?

斉藤幸平 (経済思想家)
マルクス研究に新たな光をあて、格差や環境問題を乗り越える道を探り続ける。
「コロナも気候変動も、真犯人は資本主義

磯野真帆 (医療人類学者)
病や死を前にして人はどう生きるべきか問い続ける。命と言うものは簡単に数値化できるものではなく、数値化すればすべてがわかるものではない。

ナレーション
『モモ』の世界に描かれる人々は、現代社会に生きる我々そのもの。他者と触れ合う時間を奪われ生きずらさを募らせていく世界。
コロナ禍によって突きつけられた問、「命か、経済か?」。
そうした問そのものに斉藤幸平は憤りを覚えている。

斉藤:
先進国においては、この数十年間にわたり、新自由主義政策が進められてきていて、例えば医療保険制度に対する予算削減が行われてきた。保健所の数が減らされ、病床数が減らされ、国立感染症研究費や人員も減らされた。
そうした状況にウイルスが入ってきて感染は広まってしまうと、一気に医療崩壊までつながってしまう、というように脆弱が露呈された。
「命か経済か?」というものを個人個人が選ばなければならないような過酷な状況に置かれていると思う。
本来、リスクを個人に押し付ける社会は間違っている。国家が個人に対して現金給付をするなどして、経済のリスクを個人のレベルで減らすことは充分にできることではないか。

ところがこの間の新自由主義の政府はできるだけ人々の生活に立ち入らない、すべてを自己責任という形で個人のリスクマネージメントに任せてしまう。そうしたやり方をず―っと推し進めてきた。いわゆる「自助」です。

この「自助」ばかりが大きくなって、「公助」や「共助」が非常に小さくなっている社会は、端的におかしいのでは?みんなが苦しんでいる状態の中で、一部のすでに充分豊かであった人たちが、ますます富んで行く。これまでも様々な大変な想いで働いていた人たちが今、この状況下でリモートワークもできなくて、リスクの中で働いているにもかかわらず、ますます困窮していく。
こうした二極化と言うのが一つ、資本主義の本質的な傾向だと、私は思っている。
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やっぱり若者は頭が柔らかい

日本人から始まった「#韓国好き」は、韓国の若者に影響し「#日本好き」の動きに。古い世代の頭の固さは、日本も韓国も同じね‼

 

South Korean President Moon Jae-In is welcomed by Japanese Prime Minister Shinzo Abe upon his arrival for a welcome and family photo session at the G20 Summit in Osaka on June 28, 2019. (Photo by KIM KYUNG-HOON / POOL / AFP)

2019/08/07 10:57配信  Copyrights(C)wowkorea.jp
「日韓関係は私たちが守る」、ネットユーザーの間で広がる”好きです”ハッシュタグ

ここ数年の間で”最悪”とまでいわれるほど、日韓関係が冷え込んでいる。韓国では日本製品の不買運動が起こり、さらに反日デモや「NO JAPAN」運動など、日を追うごとに激しさを増しているようだ。

 このような韓国の反日パフォーマンスを受けて、日本にも嫌韓ムードが広がりつつある。

 そんな中、最近SNS上にあるハッシュタグが徐々に拡散している。それは”チョアヨ ハングク(好きです韓国)”、”チョアヨ イルボン(好きです日本)”。

 韓国のSBSニュースは、日本のあるネットユーザーが広めたというハッシュタグを紹介した。

 同メディアは「去る7月30日からTwitter(ツイッター)上に”好きです韓国”を意味する”チョアヨ_ハングク”とのハッシュタグが登場した。これは、日韓の葛藤を心配した日本人らが自発的にリレー式でツイートを投稿する動き」とし、「旅行先や学校などで出会った韓国人の優しさ、エピソードを紹介するツイートを投稿し、どんなに日韓関係が険悪なムードになっても日本人と韓国人(の心)が離れていくのは嫌だ、との思いが綴られている」と報じた。

 さらに、”チョアヨ ハングク(好きです韓国)”の思いに応えるように、韓国人ネットユーザーらも”チョアヨ イルボン(好きです日本)”のハッシュタグを付けて、思いを投稿する動きが広がっているという。

 このハッシュタグを付けて文章を投稿したある韓国人は、自身を「日本の文化に興味をもち、日本語を勉強する韓国の高校生です」と紹介した上で、「現在、両国の関係は良くないかも知れないが、それは政府間の問題。国民たちはお互いを嫌いにならないでほしい。一緒に手を取り、同じ方向に進む時が早くきてほしい」と綴った。

 また「日本旅行中に出会った優しい人達、私にはとても大事な思い出です」、「日本語は上手くないけど、日本にもう一度行ってみたい」、「私たちこれからもお互いを憎まないでいましょう」、「私の友達もみんな日本がすき。いつも、今も日本に行きたいします(行きたいと話しています)」など、若者を中心に日本への思いをつたない日本語で懸命に表現している。

 日韓関係を変えられるのは政治家ではなく、SNS上のほんの小さな動きなのかもしれない。

「NO ボイコット日本」ソウルで不買運動旗撤去「韓国好き日本人に不快感を与える」

[ 2019年8月7日 05:30 ]  https://www.sponichi.co.jp/society/news/2019/08/07/kiji/20190806s00042000452000c.html

撤去されることが決まった、日本製品の不買運動などを呼び掛ける旗(右側)(共同)
Photo By 共同

 

 

‟れいわフィーバー”


先週
はお祭り騒ぎのように面白くワクワクの1週間でした。

突如現れた「れいわ新選組」10人のユニークな候補者たち。彼らのマニフェストを聞きながら、これまでにない政治志望者たちと同時に説得力ある希望に満ちた政策の数々。もう夢中で動画を見まくっていた、そんな私と同様に、若い友人のなかにも同じようにこの動画に魅せられ興奮している仲間がいて、彼らと一緒に興奮を共有しあいながら、より面白いときを過ごすことになり私もフィーバーしてしまいました。 >> 続きを読む

「“コミュ力”のジレンマ 大研究」

新世代が解くニッポンのジレンマ

「“コミュ力”のジレンマ 大研究」

感想・まとめから・・・
さらりと 番組を観た感じと、こうして 詳細な流れを追っていく感じでは、中身がまるで違ったものに観えてきます。今回のテーマコミュ力”でも、先回の「お金もうけのジレンマ」で感じた 三角(階級)システムと水平システムの根源に 大きく関わっていることが解ります。
そもそも、多くの企業が求める人材の要素に、コミュニケーション能力の占める割合が大きいというように、コミュ力”なるものは、資本主義の産物ではないかと思いました。

まず、冒頭の紹介のなかでも、「世間が羨む 高い“コミュ力”を誇るかにみえるという二人の論客は、全く異なるコミュニケーション世界を持ち、興味をそそる新世代の代表で 現代の若者たちの日常・価値観の多様化を改めて覗き見るようで印象的でした。

自分にとってのコミュニケーションは、「話が通じる相手と話したい」そう、思う人を選択して、コミュニケーションをしていました。コミュニケーションの必要性は、刺激し合って成長を促すもののようです。実は、そんな私のようなコミュニケーション系は‟コミュ障” と呼ばれて、コミュニケーション障害を持った人という仲間に入れられるようです。つまり今回のコミュ力”とは、「誰とでも相手に合わせて会話ができ、むしろ相手を気持ちよくさせた上で、会話で相手を操るくらいの力」で私のような輩から見ると、まるで詐欺師に近い力のこと?と思ってしまいました。やはり資本主義の体系の中では ポーカーフェースの苦手な人は生き残れないという論理なのですね?ただ今回の論客ゆうこす(私も)は、充分幸せと安定を得て、現在を生きているのです。ということはそれが正論とは言えないのでは?と思いながら観察しました。祭りはもう終わったんです。祭りに乗じて口八丁で誘い入れ、自分だけ肥えようとする精神構造はもう時代遅れになりますよ、ということを知るきっかけになりました。

世間が羨む 高い“コミュ力”を誇るかにみえる」という 論客の一人ゆうこすと呼ぶ24歳のインフルエンサーの、新鮮な発想から発せられ言葉には、なぜか共感を覚えたり、ワクワクしてしまう自分がありました。彼女のモテキャラとか、ぶりっ子キャラなどには、全く興味もないのだですが、彼女の住む世界「アウトカースト」に、同質感を感じていたのかもしれません。そんな前提から、東京電機大学 理工学部助教授 山本助教授の言う 戦略的コミュニケーションと、分かち合うコミュニケーションという二つの分け方においても、この根源的棲み分けというパラダイムが大きく影響していることが見えてきました。さらに、「友達いなくて平気」の回答から、“コミュ力不要”というジャンルもあり?という流れも、コミュニケーションの価値を脅かす世代の存在があることを知り、変化の速さを痛感しています。
そういえば 最近ではコミュニケーション障害と言われる 発達障害の人たちのカミングアウトが盛んですが、‟コミュ障”という障害者扱いも、そろそろ時代遅れになり、“コミュ力不要”が時代の先端となる日もそう遠くはないような気がしてきました。 

山本教授の現代コミュニケーション事情の分析及び論説も、 “なるほど”と納得することが多く、論客一人ひとりのマインドにビルトインされたものが どちらに偏っているかが 透けて見えてくるのを感じられました。
例えば日本文化の深いところを牛耳る、八百万の神という神々同士の空気の読み合いとか、それが及ぼす場所場所による大切なものの違いとか、そこから生まれる異分子の排除とか、またスクールカーストについては 大人社会の縮図を強化したような子供社会の存在など、更にヨーロッパではフローター 日本では不思議ちゃんと呼ぶ アウトカーストの存在などなど・・・・

もう一つは、男性と女性とでは コミュニケーションの有用性や、意味に 大きな差異があることに気づきました。特に古市MCの発言は女性陣との間に、埋められない溝を呈し、女性軍に手厳しい言葉を浴びせられるなど ドラマを見るようでした。

要素分解をすると、承認欲求に基づいて、「分かってほしい」だから「あなたのことも分かってあげる」と、繋がることに意味を見出し(分身を探す?)「分かる わかる!」という女性特有に見られる相槌が示すように、それがコミュニケーションの重要な要素の女性。
一方 ただ繋がることよりも カースト内で少しでも利になる情報を得られるか、敵か味方か? 優位性、所有性、権力性に価値を置く男性のコミュニケーションの有用性の意味が全く異なるところにあることが見えました。まるで住んでる世界が違う、というように・・・・・・

3人の女性が互いに本音と建て前を使い分け、面従腹背が見え隠れし気を遣う様子は 心のどこかで優位性を意識しているようで、普通に女性が集まってよく見られる光景が映し出されていました。

そういえば、フランスではこういった番組が大変多いと聞きますが、フランスの哲学者「ドゥルーズ」による「リゾーム(地下茎ネットワーク理論)」を思い出しました。この理論はフランス国民の多くに指示されたようですが、「根になるな、リゾームからしか生まれるものはない」と、ドゥルーズは言います。自分を太らすだけの根よりも、縦横無尽なリゾームだからこそ、あらたに生まれるものがあると。・・・私もこの理論に共感している一人です。それはコミュ力”などという人為的で局所的なものは不要な世界なのでは・・・・。

自信満々のゆうこすは インフルエンサーという紹介の代名詞通り、100万人のフォロワーを持ち ネット上に多大な影響を及ぼす存在としてファンとともに生き、楽しんでいる。なのでリアルな友達は必要ない。だからコミュ力”にたよる必要もない。彼女はただ、ぶりっ子を武器に モテクリエイターとして尖っただけと言うアウトカーストをむしろ自負。
一方 自己キャラの定まらない堀口はマルチリンガルという 高度な知的要素を備えながらも いまだにキャラ作りできないことに迷う中 タレント・キャスターとして活躍しながらも 他者への強い承認欲求 はたまた カースト上位を目指してか “コミュ力”磨きに余念がない。 

アナウンサーと言う立場ながらも NHKという古い組織の一員を 身体中で意識しながら
中立を保ちつつも 新しい世代への批判的な内面が 見え隠れする 赤木アナ。いつの世も 古い体質に浸かっている者は 新しいものへの拒否感は否めない。「お金もうけ…」においても、それがあからさまに見えて面白かったのですが、今回は特に女性の 新旧世界を浮き彫りにしたようで面白い企画でした。その中で山本助教授の新時代的コミュニケーション事情の解体という取り組みは 今後も新たな研究結果に期待したいと思いました。そしてコミュニケーションにおいての △三角システムと水平システムのパラダイムの影響について、是非伺ってみたい気がしました。 >> 続きを読む


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