悩むことと熟考との違い

辛い経験は人を成長させるってホント?

幼いころから「ガンバレ!ガンバレ!」と励まされ、ただやみくもに親の期待に添わんと挑戦を続けてきた人も多いと思います。

“やみくも(闇雲)”とは準備も熟考もなく手探り状態のこと、いたずらに、むやみやたらにを意味しています。
「ガンバレば、何とかなる」と信じ込まされ、洗脳されていたということです。

石川啄木は「働けど働けど猶わが生活(暮らし)楽にならざり、ぢっと手を見る」とうたっています。歌の意味は、どれほど働いても我が暮らしは楽にならないということですが、現在でも、ガンバってもガンバっても、さほど変わらない人生に諦めてしまった人も多いのではないでしょうか。

目次

1.悩みがない状態は成長が停滞しているのか?
2.PTSDの危険性
3.苦しみを乗り切ったとき
4.再構築
5,創造的な成長
6.過酷な過程以外にも道がある
7.楽に逃げる道

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日本的『理想と現実の乖離』

 

私たち日本人は常識や通念に支配されやすいことについて考えてきました。
人として誕生した時から、すべての人は家族の影響を受けて育ちます。

時には、その家族の影響に抗う子供もいますが、大抵はある年齢まで(12歳ごろ)は、無意識に親の価値観・世界観を吸収し、それを基準にした思考や行動が目立ちます。

小学校の教員はよく「子供を見れば親が想像できる」と言いますが、まさしくこのことが原因でしょう。

その後の18歳ごろまでに、自己を客観的に観る能力が備わり、親との軋轢など、モラトリアムな青年時代を経て、アイデンティティーが確立される頃に、将来の展望もイメージできて、自己の行くべき道が見つかる。

多くはこのような成長段階を辿ると、心理学者エリクソンは言っています。
そして、この段階において、早期に自己確立が完了した場合、親の価値観に沿って自己の未来の構築に向かうと言われます。

そうでなくても、「三つ子の魂100まで」という諺通り、多くの場合、親の価値観を引きずりながら、自分が親になったときには、親と同じことを子供に言っていることに気づく人も多いことでしょう。

このように大方、親の価値観は遺伝子とともに受け継がれるものと考えたほうが解りやすいかもしれません。

日本においてはモラトリアムを、ただの現実逃避と捉えることが多いようですが、最近では、「大学生活=モラトリアム期間」を卒業したらモラトリアムからの脱却は当たり前という時代から、30歳前後まで自己確立ができないでいる人や、更にはモラトリアム人生を肯定し、積極的にモラトリアムに生きることを選択している若者も増えているようなのです。

そんな若者を大人たちは「いつまでも大人になり切れない!」と批判的な目で見つめています。

そんな大人たちに若新 雄純(わかしん・ゆうじゅん)さんは、こんな提言ををしています。https://president.jp/articles/-/22047
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通念・常識に操られやすい日本人

日本中が10年に一度と言われる強烈寒波に襲われ、寒さ対策をTV各局の番組が取り上げるようになりました。
この寒さ対策や、住宅の断熱などに注目されたことで、日本の住宅の『冬季の室温』について触れられ、日本の住宅の多くはWHOの推奨する室温18℃に満たされていないことがわかりました。 

WHOでは、冬期の室温18以上を確保することを推奨しているが、日本の住宅の多くがこのレベルを満たしていない懸念があることが、(一社)日本サステナブル建築協会の調査で明らかになった。(一社)日本サステナブル建築協会が調査報告  Avatar photo  Housing Tribune 編集部・中山

WHOでは、冬期の室温18℃以上を確保することを推奨しているが、日本の住宅の多くがこのレベルを満たしていない懸念があることが、(一社)日本サステナブル建築協会の調査で明らかになった。(一社)日本サステナブル建築協会は、「住宅の断熱化と居住者の健康への影響に関する全国調査 第5回報告会」を開催した。

同協会のスマートウェルネス住宅等推進調査委員会では、国土交通省からの支援を受け、断熱改修前後で居住者の健康状態などがどう変化するのかといった調査を進めている。
2019年3月末までに4147人、2318軒の改修前における健康調査を行い、2020年3月末までに2323人、1303軒の改修後の健康調査を行うなど、世界的に見ても類を見ないほどの大規模な調査になっている。
第5回報告会では、断熱改修によって住宅の温熱環境が改善されることによって、血圧の上昇や血圧変動性の抑制、過活動膀胱・睡眠障害などの改善といった効果を得られることなどが報告された。

また、改修前の住宅のほとんどが、WHOの推奨する冬期の最低室温18℃という基準をクリアしていないことも分かった。

WHOでは、居住者の健康被害を予防する観点から、冬期の室温を18℃以上に保つことを推奨しており、小児・高齢者はもっと暖かくすることが必要であると指摘している。
しかし、同協会の調査結果によると、在宅中の居間の平均室温が18℃を下回る住宅が全体の59%もあったという。在宅中の最低室温では91%の住宅で18℃を下回っているのが実情だ。最低室温の平均値は12.6℃となっている。

こうした状況を招いている要因のひとつが住宅の断熱性能不足だと推測でき、スマートウェルネス住宅等推進調査委員会の村上周三委員長は、「日本の住宅は量的には充足しているが、質的にはいまだに十分なレベルに達していないと言わざるを得ない。その結果、居住者にネガティブなど影響をもたらしているというエビデンスが、我々の調査結果から明らかになっている。こうしたエビデンスを広く発信し、日本の住環境に対するパーセプション・ギャップ(認識のずれ)を是正していくべき」と指摘している。

日本の住宅、WHO推奨の最低室温に満たないものが多数 (sohjusha.co.jp)

海外から訪れる人たちの間では“日本の家は寒い!!”という定説があると言われています。最低室温平均が12.6℃では、寒いはずですよね。
その原因を探ってみると「冬は寒いもの、気合だ!!」「むしろ子供は冬でも半袖、半ズボン!!」といった風潮が最近まであって、その根底には日本人の『我慢強さ』を美化した日本文化にあることがわかりました。

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選択が未来を創る

 

先回に続き『選択』の問題をもう少し深堀してみようと思います。

私たちは日々刻々、選択の連続に明け暮れています。極端に言うなら「選択こそ人生」と言っても過言ではないでしょう。

先回の冒頭で「すべての行動は自らの選択⇒自己の未来を創造している」と記しました。
そう、「選択によって個々の未来は創造される」ということを再認識していただくことで、積極的に『選択』を意識し、より豊かな未来の創造へお役に立てればと思います。

さて、先回ご紹介した引用サイトでは「選択と決断」についての理論と根拠について詳しく見てきました。また、人は決断力よりも選択力を養うことの重要性について、そして、選択力を養うにはリサーチ力を鍛えるべきという見解を示されていました。

最後の「リサーチ力」については少々異論がありますが、それについてはおいおい触れてゆきたいと思います。

さて、最初にこの『選択』という行為についてですが、日本人(特に古い日本人)は、どうも不得意とする行為ではないかと思っています。

何らかの選択を迫られたとき、皆さんは一人で考え込みますか?それとも周囲の人たちの様子をまず伺いますか?

実は、多くの日本人は後者のように周りの選択を気のする人が多いのではないかと思うのです。

それは、日本文化の『一様性』という、みんな一緒、足並みをそろえる、もしくは「普通は?」とか「一般的には?」などの思考形態によるものと思われます。

つまり、自分で考える前に周囲の人々の選択を見ながら、同調することで、マジョリティーの仲間を維持し、決してマイノリティには属さないという姿勢です。

選択の中身よりも同調のほうが重要な文化。
『同調圧力文化』ともいうべき社会の中で長く生きて学習した結果です。

そのおかげで、私たち日本人は自分の考えを持たないほうが同調しやすいことを学習し、自由意思を持たない選択をしてきたといえます。

自己を主張したり、自ら自由に選択する行為という習慣は身についていないため、どうしても自分だけでは選択も決断も困難というのは当然の結果と言えますね。

NHK大河ドラマ『どうする家康』が始まり、家康の優柔不断さが描かれていますが、大変興味深く見てしまっています。

先回の紹介記事の「リサーチ能力」という解決法は、こういった習慣の延長として挙げられるべくして挙げられたと感じています。

これは、対症療法にはなっても原因療法にはならないのではないかと、私自身は感じています。
このようなやり方自体が日本人的と言えるのかもしれません。なぜなら、「自分の考え」を持たないままでは、いつも他者の意見をリサーチする必要があり、その他者の意見が多様である場合、余計に混乱を引き起こしてしまいます。

グローバル社会の影響によって「ダイバーシティー(多様性)」という概念が浸透してきた現代社会において、自己の確立ができないままでは、ダイバーシティー&インクルージョン(多様性を包括する)渦からはじき出されてしまうのではないでしょうか。

「ダイバーシティー(多様性)」も本来の意味は、単に性差別や人種差別をしないだけではなく、個々の思考、観念の違いを認め合い尊重しあうことなのです。

そもそも個々の思考,観念が確立していない者にとって、ダイバーシティー(多様性)を深く理解し、インクルージョン(包括)できるはずがありません。

そして「選択」はそのようなダイバーシティーインクルージョン下での行為としては必要不可欠なものになってきているといえるのではないでしょうか。

多様な人材に活躍してもらうダイバーシティ&インクルージョンの考え方が注目されている背景には、外部環境の急激な変化があります。

具体的には、少子高齢化に伴う働き手の減少、顧客ニーズやリスクの多様化などが挙げられます。

また、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組む中小企業は、そうでない企業と比較して、主たる経営成果のすべての項目において、効果的な結果を上げていることが示されており、競争優位性を築いていくために必要不可欠な考え方であるといえます。

ダイバーシティ&インクルージョンとは?意味や導入方法、事例を紹介 | ツギノジダイ (asahi.com)

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選択と決断

選択スキルの育成こそが未来に衝撃的転換を導く

すべての行動は自らの選択⇒自己の未来を創造している

選択眼がない場合

⇒他者選択に依存するしかない⇒受動的選択⇒後悔しやすい⇒低い幸福度
⇒選択後の結果をイメージできない⇒不安⇒結果が悪いと責任転嫁
⇒決断に自信が持てない⇒思い悩む時間が長い⇒低いタイムコスパ⇒貧困
⇒他人の意見に左右されやすい⇒第三者の評価に頼る⇒益々主体性欠落

選択眼が養われている場合
⇒能動的選択⇒後悔がない⇒高い幸福度
⇒結果をイメージできる⇒不安がない⇒結果どうあれ選択眼向上に
⇒自信をもって決断⇒短時間決定⇒圧倒的タイムコスパ⇒富裕
⇒他者に影響されない⇒益々主体性確立⇒選択視座広がる

時はお金以上の価値があることを、選択眼育成で認識することになるでしょう。
また、高度な選択視座は感情セルフコントロールを可能にし、間違いなく寛容で満足度の高い人生を創造することになるでしょう。

以下に“人生の質は決断力より選択力!?”についての記事を紹介します。

※「選択」とは・・・多くのものの中から、よいもの、目的にかなうものなどを選ぶこと。(出所:goo国語辞書より)

 

※「決断」とは・・・(1)意志をはっきりと決定すること。 (2)正邪善悪を判断・裁決すること。(出所:goo国語辞書より)

違い(1)

“選択” は、AかB(他複数)を選ぶこと、“決断” は、YESかNOを決めることです。
つまり、それらによっての “結果” が違うということが一点目です。

A or Bの “選択” では、AかBのどちらかを手にすることができるため、その後に何かしらの変化(例えば、安心安堵、喜び、快楽、ライフスタイル、行動内容など)があると言えます。
YES or NOの “決断” の場合は、YSEを選べば、その後に変化が生じますが、NOを選べば、変化はのぞめず現状維持です。

違い(2)

“選択” は、選択肢となるAやBなどは、コト・モノになりますので必ず「選ぶ」という行為になりますが、“決断” は、複合動詞的に使われる傾向が強く、〇〇を「する」か「しない」か、の動き(動作、行為、行動など)に連動します。
つまり、それらによる“動き”が違うということが二点目です。

違い(3)

“選択” “決断” を同じくくりで考える場合のそれは、時系列で考えてみると、時差があり、プロセスの前後関係であることが三点目です。

第一段階で「選択」があり、第二段階で「決断」が(その逆も)あります。

人生の質は決断力より選択力!? | マイキャリアのためのセルフコーチングと自分改革+E (3x3career.com)

例えば・・・
買い物時、価格重視か、品質重視か、それとも応対やサービスを重視するかは選択。
買うか買わないかは決断。 >> 続きを読む

宗教に頼らない極楽暮らし

アマゾンの民ピダハンに学ぶ幸せの本質

 「悩みがなくみんな幸せ」
今、この瞬間にしか生きていな民族

そんな民族がアマゾンの奥地にいると言う。
彼らは神を信じない、にも関わらず悩みがなく幸せなのだ。それは彼らの使う言語が
関係しているのだと言う。

https://2.bp.blogspot.com/-
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ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観著者のダニエル・L・エヴェレット

によってピダハン族は世界中に注目され研究の対象になっています。日本でもNHKによる「ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民|地球ドラマチック」で紹介されました。

南米ブラジルのアマゾン川流域の密林に、ピダハンと呼ばれる400人(現在では800人が居住)ほどの人々が暮らしています。ピダハンの生活は、何世紀もの間ほとんど変わっていません。今、彼らの使う言葉とコミュニケーションの方法に世界が注目しています。

ピダハン語は、しゃべってもハミングしても歌っても口笛を吹いても伝わります。ピダハンはアマゾン川の支流に広がる4つの村で生活しています。300年前、金を求めてやってきたポルトガル人と出会っただけで、後は長い間外からの影響を拒んできました。ピダハンはピダハン語しか話しません。

しかし、1950年代に麻疹が流行し、ピダハンはアメリカの伝道師を迎え入れることにしました。そうしてやってきた伝道師の一人がダニエル・エヴェレットでした。ダニエルは1977年、25歳の時に妻と幼い子供たちを連れてピダハンの元を訪れました。

ピダハンは今は服を着るようになっていますが、定住するための家や耕作地はなく自然に頼って暮らしています。ピダハン語が話せる外国人は3人しかいません。それはダニエルと、彼の別れた妻、そして前任の伝道師です。

ダニエルは家族と共に30年に渡って断続的にピダハンと共に暮らしました。しかし、妻と子供は死にかけ、ダニエル自身も何度もマラリアにかかったと言います。また、ピダハンに皆殺しにされそうになったことも3回あります。

ピダハンとダニエルたちの関係は時と共に変化し、今では両者はすっかり打ち解けています。こうした関係が築けたのはダニエルがピダハンの言葉を習得することが出来たからでした。

ピダハンの人たちの満ち足りた様子はダニエルに大きな影響を与えました。そして、彼は自らの信仰に疑問を抱き始めたのです。すでに幸せなピダハンの人たちに神のメッセージを伝えるなど無意味なことでだったからです。

ダニエルは25年に渡って布教活動をしましたが、たった1人のピダハンもキリスト教に導くことは出来ませんでした。

そしてついに、ダニエルは信仰を捨てる決断をしました。この劇的な変化はダニエルの家族を崩壊させました。そしてダニエルは伝道生活を捨て言語学者としての仕事に没頭し始めました。

ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民|地球ドラマチック (tvmatome.net)

 

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日本人と宗教

宗教という言葉を英語で言うと、Religionです。
これはラテン語の Religio から派生しました。

英語の語源は、ラテン語や、ギリシア語をもとにした言葉が多い。「レリジョンreligion」の語源は、ラテン語の「レリギオreligio」であるが、「縛る」という意味である。

「再び」という re と、「縛る」「結びつける」という ligare を組み合わせて出来た英語です。

転じて「神と人を再び結びつける」と言う言葉として理解されています。

一般に、人間の力や自然の力を超えた存在(神)を中心とする観念です。

日本では古くから「八百万の神」の信仰があり、つまり森羅万象すべてに神が宿る、という観念が古くから根付いています。森の木々の一本一本からトイレに至るまで神が宿るという考え方です。

日本神道はこのような民族信仰から自然発生した多神教で、一神教の「縛る」または「神と結びつける」という考え方とは少々異なるものです。

そして、日本人は「宗教をやっている」という言葉に警戒します。

つまり、宗教はやっていない「無宗教」の人が大部分と言っていいでしょう。

「無宗教」なのに、森羅万象(自然)への畏敬の念があり、ゴミを拾い、きれいにする習慣が身についています。

そのことが世界で日本人の評価を高めることにつながっています。

英語の「ネイチャー」では人が自然を従えて支配し、征服するべきものとされ、未開の状態も意味しています。
そういった意味での「ネイチュア」という概念は、日本人にとって異質なもの、日本語の「自然(じねん)」とは異なる意味合いがあります。

日本を愛したジョン・レノンのイマジンの歌詞には、そうした日本の「自然(じねん)観」が表現されているように思います。

イマジンに魅せられた若者のこんなサイトがありました。
未来を任せるにふさわしく、心強い限りです。 >> 続きを読む