2020年9月

『快三昧に生きる』 【16】

2020.9.21

出る杭は打たれる⇒出過ぎた杭は打たれない

「死にたい」と言う中高生たちについて触れました。
そこには、日本独特の集団主義、単一民族国家の国民性、という問題が浮上してきます。

出る杭はうたれる(横並び精神)。和をもって貴しとなす(調和が一番大切)。藪をつついて蛇を出す(余計なことはするな)。郷に入っては郷に従え(同調しなさい)。長い物には巻かれろ(先輩に従え)。付和雷同、唯々諾々(意見を持たない)。など同調、迎合の圧力を表す言葉が多く存在する日本。
「日本人の自己は、個として確立しておらず、自分が属する内集団と一体化している」と言われています。結果的に「周りと違う行動や発言をして、変に思われるのが怖い」という心理を生んでしまうのです。

このような社会(ムラ)参加で、これまでは問題なくまとまっていたように見えていましたが、インターネット社会というパラレルな社会の出現によって、内包されていた圧力への不満を簡単に話す場が得られるようになった事、またムラの中で産まれた子供たちも、情報を自由に得られる状況を得て、小さな社会(ムラ)に閉じ込められて生きるしか方法がなかった時代から解放されるようになりました。

そんな若者たちが今、傘(安全な集団)を捨てたことで、「お金、モノ」という餌にも食いつかなくなってきたと言えるのです。 >> 続きを読む

『快三昧に生きる』 【15】

2020.9.14

常識革命  藤原尚道

「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」
「近頃の若い者は」と口にした時点であなたは負け組の仲間入り

~ゆとり世代の生き方には新しい時代に適応するヒントが満載

ゆとり世代には企業文化を革新する救世主となる資質を備えている

高度経済成長の成功体験を引きずって平成の時代を“失われた30年”にしてしまった日本社会にとって、“ゆとり世代”がもつ合理的な考え方は、社会の閉塞感に風穴を開けるドリルになる可能性をもっている。

“ゆとり世代”は、精神論や筋の通っていない非論理的なやり方には納得しない。「昔からそうだった」という理由だけで、ろくに意味も検討されずに残っている「必要のない会議や朝礼」「付き合い残業」「誰も見ていない報告書」「手書き書類」「ハンコ」「服装規定」などの慣習に、堂々と嫌な顔をする。これは「生徒自身で考える力を養うこと」を目的として導入されたゆとり教育の素晴らしい成果である。昭和に社会人になった私たちは、戦前から続く「努力=嫌なことや苦手なことを克服すること」という精神論の下で、年長者に言われたことには自分であれこれ考えたりせずに黙って従うように教えられた。一方で平成生まれのゆとり世代は、教えられることをただ暗記するだけではなく、十分ではないにせよ自分自身で考えるチャンスをより多く与えられ、個性や才能、独創性を以前ほどにはスポイルされていない。

二刀流メジャーリーガーの大谷翔平選手や将棋の藤井聡太7段、卓球の伊藤美誠選手など、「ゆとり教育」を受けた世代が従来の常識を打ち破る活躍を見せてくれている。「最近の若者は」と口にした時点でその人の思考は停止し、時代の変化から取り残されていく。“ゆとり世代”は時代の変化への適応として生み出されてきたのだ。「答えをすぐに求めて、結果への近道を探そうとする」姿勢は「生産性向上」につながる。「上司との酒や、休日開催の会社行事はきっぱり断ってプライベートを優先する」ことで社外の人脈とネットワークを広げる活動は「多様で変化に富んだアイデア」を組織にもたらしてくれる。「上昇志向の少なさ」は「人としての幸福とは何かを真剣に考えるものが増えている」証拠でもある。私たちは文句を言うだけではなく、彼らから学ぶこともできる。“ゆとり世代”と呼ばれる彼らこそが、日本の組織が変化に適応して活力を取り戻すためのカンフル剤になってくれるだろう。

「近頃の若い者は」と口にした時点であなたは負け組の仲間入り
~ゆとり世代の生き方には新しい時代に適応するヒントが満載~

そうなんです、変化はゆとり世代から始まっています。ゆとり世代と重なるミレニアル世代の特徴を、以下の項目に分けて紹介します。 >> 続きを読む

『愛していると言ってくれ 2020年特別版』

 

2020.9.12

 豊川悦司・常盤貴子主演、脚本はラブストーリーの名手・北川悦吏子が手掛けた本作は、幼いころに聴覚を失った後天性聴覚障害者の新進青年画家と、アルバイトをしながら劇団で演技の勉強を続けている女優の卵の、ことばを超えた純粋で繊細なラブストーリーだ。

聴覚障害がある画家の榊晃次(豊川悦司)は、溌剌として純粋な女優の卵・水野紘子(常盤貴子)と運命的な出会いをする。懸命に手話を覚え、思いを伝えようとする紘子の熱い思いに、晃次の閉ざされた心は次第にほぐされていく。しかし、ことばが伝わらず、誤解が生まれ、そして会えなくなる。恋する者にとって最もつらく厳しいこの3つの障壁が立ちはだかる・・・。恋愛を通して、人間的にも、仕事の上でも成長していく二人の愛の過程を描いた本作は、繊細なカメラワークを駆使し、TBSのラブストーリーの決定版となった。
1995年(平成7年)7月7日~9月22日までの金曜ドラマ枠で放送された本作(全12話)は、平均視聴率21.3%、最終話で最高視聴率28.1%を記録(※ビデオリサーチ調べ・関東地区)。また、主題歌の「LOVE LOVE LOVE」(DREAMS COME TRUE)は約250万枚を売り上げる大ヒットとなり、この年のオリコンシングルランキング年間第1位となったことでも話題となった。そのほか、劇中で自然と手話が登場することで視聴者が手話に関心を寄せ、手話サークルへの入会者が爆発的に増えたきっかけを生んだと言われている。
さらに、今回特別企画として、豊川&常盤によるリモート対談を全4回にわたり放送することが決定した。二人は撮影時のエピソードや手話に関してなど25年前を振り返る。そして、思いを伝えることがことが困難な「今」を語る。果たしてどんな話が飛び出すのか!?

コメント

<豊川悦司>
このタイミングで、またこのドラマを見ていただける、あるいは初めて見ていただけるというのは大変うれしいことです。25年前は携帯電話やメールで連絡を取ることができなかった時代で、今はあまり描かれなくなった「純愛」がテーマ。でも、2020年の若者にも何かを感じていただけると思っています。楽しんでご覧いただければと思います。

<常盤貴子>
これまでも多くの方々に愛されてきたドラマだったんですが、25年ぶりに地上波で放送が決まり、今まで見たことがなかった人たちにも見ていただける機会ができたというのは、とてもうれしいです。
当時「手話って素敵だな!」と思ってくれた人たちがたくさんいたように、これを機にまた「手話」という美しい言語の魅力を感じてもらえたらいいなと思います。

   TBS

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『快三昧に生きる』 【14】

2020.9.7

低燃費・高満足(脱消費)型

こうしてみると、コロナ禍に起因する以前から、モノ離れの傾向はあったことが解ります。そこに拍車がかかったということのようです。

欲望と言う名のアクセルを踏みっぱなしていた人々が、不安(コロナ禍)と言う名のブレーキによって、脱消費の動きに向かったのでしょう。そんな時にまた税金の値上げを考えている政府のようですが、低所得者程その打撃は大きく、ますます格差を広げようということなのでしょうか。

「ミスライムのカタコンペ」の主人公の名は“イヴリー”といい、ユダヤ人を意味する古語で、カバラでは人の中にある彼岸に属するものを指すとエンデは語っています。声の主、長の名は“ベヒモート”といい、ヨブ記にもみられる、彼岸に属するイヴリーと敵対するする語とされています。

何だか、国を操る人々がベヒモートと重なって見えるのは私だけでしょうか。そして国民は操られる「影の民」なのか?イヴリーのような耐性のある存在が現れたとしても、多分この物語のように消されるか、追放されるでしょうね。新しいタイプの期待できそうな新人が現れても、いつの間にか「声」の主、ベヒモートになってしまうのはなぜなのでしょうか?また、脱線してしまいました。

話を戻します。
若者たちが、車という、それまでのステイタスシンボルを捨てました。ブランド離れも同様です。そして恋愛に興味を失い「モテたい」意識が減少しているということは、「認められたい」意識が消失し、自分の居心地よさを追求していることが透けて見えてきます。 >> 続きを読む