多様性が世界を変える?

「多様性とかダイバーシティーという言葉は最近では生活の中にすっかり浸透してきましたが、その理解度というと、まだまだ表層部分にとどまると同時に偏った理解のまま、言葉だけが独り歩きしながら「実践している」という誤解を生んでいることに気づかないでいるように思います。

社会において、バズワードとも言える「多様」を口に出すのは簡単です。
しかし、実際に体現するとなると、それが可能な人はというと疑問に思います。
社会の変化に対応するための、根本的な多様性とは、少しズレているのではないでしょうか。

単に性的(LGBT)や人種の多様性、障害者、子育て支援、高齢者支援に止まらずありとあらゆる分野において、更には見えない深層部分の思想、哲学、価値観、宗教、文化、個性、等々広範に及びます。
多様性とはつまり、個人的集団的状況や文化、精神の在り方のことです。

多様性という言葉の認識の差が、日本と海外の差と言っても過言ではないかと思っています。

ほぼ同一の環境で、似た価値観の人と暮らすことを好む日本社会。
そして、常に多様な人種に囲まれて、幼少時代から過ごすことが普通な欧米社会。
どれだけの思考の違いが、そこにはあるでしょう。

これまでは、日本の単一の価値観でも、社会は成り立ってきました。
多様さを排除する方法が、最適だった時代もあるかもしれません。
しかし、現在は異なります。
異質なものを排除するよりも、異質なものから新たなアイデアを得る主義です。

社会の多様性とは? 「9割が勘違い」する本当の意味 (altea.in) 参考 抜粋

1960年代、デジタル革命が起こり始めたシリコンバレー。
サンフランシスコ周辺には、非常に多様な文化が存在していました。

ヒッピーやバイセクシャル、ゲイ、レズ、MBAや研究者、音楽家や芸術家。
薬で頭が少し飛んだようなキッズや、ハッカー。
社会性がある人も、まったく無い人も、一緒になって生活していたのです。

そんなシリコンバレーに、いつしか「世界を変える」という反骨精神が生まれました。
世界を変えるという革命の前に、シリコンバレーの人々は一緒になって議論しました。
互いを受け入れ、価値観の違いを受け入れ、融合させ、上乗せし、アイディアを出し合ったのです。
ヒッピーとハッカー、投資家に学者、先生、MBA保持者、芸術家。
あらゆる個性と個性が混ざりあいながら、他社を受容し、受け入れ、発想を高めあいました。

結果、コンピューターを中心とした新しい世界が幕を開けたのです。

社会の多様性とは? 「9割が勘違い」する本当の意味 (altea.in)引用

日本における「多様性」の捉え方は、時代の流行思想という程度のものかもしれません。つまりこれまでの経験に上積みする一部のレイヤー的考え方です。

しかし、そもそも「生物多様性」とは、生きものたちの豊かな個性と、相互のつながりのことをいいます
これらの生きものはどれを取ってみても、自分一人、ただ一種だけで生きていくことはできません。
多くの生命は他のたくさんの生物と直接または間接的にかかわり、初めて生きていくことができるのです。
この関わりをたどっていけば、地球上に生きている生きものたちが、全て直接的・間接的につながり合い、壮大な生命の環を織り成していることが分かります。
「生物多様性」は、この地球という一つの環境そのものであり、そこに息づく生命の全てを意味する言葉に他なりません。

万物の形成に関わる重大な仕組み、それが「多様性」なのではないでしょうか。

つまり、「多様性」は受け入れるという上から目線の傲慢な姿勢では体現できないのではないかと思うほどです。むしろこの「多様性の仕組み」が及ぼす関係性を尊重しなければ、生物も世界も成立が危ぶまれるのではないかと思ってしまうのです。

実は私の経験からも、このことは大いに納得できるものです。私自身、過去(数十年前)には単一の価値観に縛られ、その狭小世界で右往左往していた時代がありました。

そして、まだそれほど「多様性」を叫ばれていない時期に、釈迦の根本思想「縁起」という理念に出逢い、「万物は何一つとして、単体で成立(生きている)するのではなく、多くの関係性に依って成り立っている。」ことを知りました。

「多様性」とはまさにこのことではないかと思うのです。

実際、この「関係性で成り立つ世界」を深く理解していくに従って、それまで私の内側に巣くっていた「怒り」が次第に薄くなって行くのを感じました。

ちょっとしたことでイラついていた自分は、拒否、反発、否定の連続でした。
ところが、「関係性で成り立つ世界」が浸透することで、肯定することが身につき、余程でない限り腹が立つことがなくなりました。

「怒り」の希釈は「不安」や「恐れ」の希釈にもつながりました。それは「心の安定」をつくり、平和と豊かさに包まれる日常へと変化していったのです。

人が「怒り」「恐れ」から解放されるということがどれほど意味深く、人生を豊かに彩るかを実体験したのです。

つまり、単一性は分離をつくり、対立を生み、異質な者への拒否反応、警戒心、同種意識(異質視されていないか不安)の強迫観念、更には怖れまでも生み出していたということがわかりました。

多様性を深く理解し、尊重し、感謝し、体現することこそ、結果として平和を実現できるのではないかと確信するようになりました。

それは個人においても国においても同じレベルです。

ヒトラーはこのような多様性に逆らい、単一性を信じて疑わないことで、破滅の道へ進んでしまいました。それだけに留まらずユダヤ人600万人もの殺戮という恐ろしい歴史の結果を残してしまいました。

その道をプーチンも歩んでいます。更に彼は街ごとを廃墟にし、ウクライナ人の生きる根幹まで奪ってしまっています。

それもこれも、原因はみな権力への絶対崇拝。つまりそれはヒエラルキー世界観であり、言い換えれば「否多様性」という価値観への固執なのです。

このように単一思考・単一価値観が人間をどれほど愚かな行為に導くか、まざまざと見せつけられているように思います。

「多様性に生きる」と「否多様性に生きる」とでは、幸福感が全く異なるということを欧米諸国の人たちは知っています。だから彼らは「多様性」をすんなり受け入れることができました。

そのような幸福感を体験していない人たちにとっては、絵空事の世界でしかないのです。絵空事を信じることなどできようはずがありません。

「そんなものは無い」と決めつけ、わが信念を貫いているのでしょう。
ロシアの体制も多様性の一つですから、その存在を否定することはできません。
それが価値観を異にする他国に及んだことが問題です。

世界は、非多様性の存在を認めた上で、強迫や暴力の実行で他国の多様性を犯さないルールが必要不可欠になっています。

たとえ独裁国家という体制であっても、国民がその体制に満足していれば問題ありません。
しかし、その体制に不満をもつ人がいれば、自由に他国へ移民できるシステムも必要です。

世界は大まかに自由主義とそれ以外の国に二分することになるかもしれません。
そうなると外交や貿易など、資源の流通も同種のグループ間に偏るかもしれません。

その際、異なる価値観の国が隣同士の場合、資源輸送のためのパイプライン問題もあり、一朝一夕にはいかないと思うのは当然です。

ところがこういう時には、降って沸いたような新しいテクノロジーが出現します。
実は降って湧くのではなく、下積みの研究が公開されず秘密裏に隠されてされていたということもあり、それが日の目を見るに至るということです。

例えば
今から46年以上前に存在した燃料の要らないエンジン。ニコラ・テスラは、「地球全体の磁場」を利用し電気振動と共鳴させることで空間からエネルギーを無限に得られる仕組み(フリーエネルギー)を構想していた。資源(燃料)を全く使わない地球のパワーを利用した究極のエネルギーです。

  • テスラは燃料の要らないエンジン「放射エネルギー利用装置」として特許を取得
  • 人類に利便性と幸福を常に願っていたテスラが、無料で使える電力供給システムを実現することを知り、エジソンと電力会社は面白くなかったのは想像がつく、まさかそこまでひどい仕打ちをするとは・・・(最終項に詳細を記載)

https://regoist.com/3571/ 「フリーエネルギー」公開!世界の電力システムが一新される瞬間が来る! | 知的好奇心らぼ (regoist.com)引用

また、
2016年のニュース『アメリカ ネバダ州に住むマックス・ローハン君 13歳が、たった1600円(14ドル)という低コストでフリーエネルギー装置を実現。 主な材料は大きなコーヒー缶1個に電線、コイル2巻、スプーン1本! テスラコイルをヒントに開発』

公にはされていないが、何とフリーエネルギーは各国の研究者により自作されている。テスラのフリーエネルギーの原理は安価でシンプルに実現が可能なのだ。
既に世界的には発表済だった!(日本では全く情報なし・・・「2050年 未来のエネルギーについてのシンポジウム」

https://.youtube.com/watch?v=wFiW2…

そのほか
「ツェネック表面波」は、地球の表面を導波管として使用し、通信信号や電力を長距離にわたって効率的に伝送できるようにする電磁波です。

世界のエネルギーシステムを一新する「ツェネック表面波」
世界中にラジオの電波のように安全に電力を供給するツェネック表面波。しかも既存の電力システムで受電が可能。更に未来戦争で使用される電磁パルス攻撃を受けても停電しない!

発見者ヨーナタン・ツェネック(1871-1959)は地球の表面上の電磁波伝播を研究した最初の既知の科学者の一人でした。
「ツェネック表面波」は、地球の表面を導波管として使用し、通信信号や電力を長距離にわたって効率的に伝送できるようにする電磁波です。
ツェネック表面波では、電力が電磁波を使用して従来の伝送線路を介して送信されるのとほぼ同じ方法で、地球の表面に沿って電力が送信されます。

20世紀初頭には、電磁波理論の2つの理論が共存していました。従来のアンテナを介して見通し線上で送信され、距離をかけて空間へと消散する古典的なヘルツ放射波(地上波)です。

(参考)「フリーエネルギー」の歴史 引用
アーバスQラー QArmyJapanFlynn【フリーエネルギー】より抜粋

「燃料の要らないエンジン」の登場と開発者の不審死
米エド・グレイは、テスラが特許を取得した”放射エネルギー利用装置 “の応用であるのR.E.モーターを開発。「燃料の要らないエンジン」として当時注目されていた。

グレイは1974年の終わりまでにR.E.モーターを量産体制にし一般の人々に役立てるつもりでした。

しかしロサンゼルス地方検事局の強制捜査により、彼の研究資料や記録、図面、試作機などあらゆるものが押収されました。

世界初の燃料の要らないエンジンがロス地方検事に圧力をかけられている」「そして地方検事の背後には石油資本や自動車資本がある」と報じた「ザ•ナショナル•タットラー」紙は後に廃刊になり、グレイも不審な死をとげます。

そのほか多くの闇に葬られた研究者たちが存在していたと言います。

さらに詳細は「フリーエネルギー」公開!世界の電力システムが一新される瞬間が来る! | 知的好奇心らぼ (regoist.com)

このようにニコラ・テスラの時代から、フリーエネルギーの研究は行われ、日本においても開発に成功した方も存在するようです。

フリーエネルギー開発者 高頭恭胤さん

短編『フリーエネルギー2』 – Bing video

量子エネルギー発電機

Electric power of Self-sufficiency フリーエネルギー特集 | phase-magazin (phase-magazine.com)

これまでは、石油業界、電力業界など世界的経済の根幹にある企業から、こういった研究は喜ばれず(企業存続を脅かす研究のため当然)闇に葬られてきましたが、このような貴重な方々の開発が、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機という現実によって、研究が表面化し、現実的になるのも近いような気がしています。

もしそのようなことが現実化したら、世界の枠組みは大きくリセットされ(グレイトリセット)、これまでとは全く異なる新しい世界が構築されるかもしれません。

私たちの思考も単一・画一思考から多様思考に変換し、問題の本質に目を向けることが、もしかしたらウクライナ危機の解決策にもつながるかもしれないと思うのです。

世界観のスペクトル

包括的視点の重要性

 歴史とは、ただ、起きた物事の記録だけではなく、人類の成長の記録とも言えます。その意味においては「世界観のスペクトル」という観方もできるのではないでしょうか。

『インテグラル理論』をバックボーンとする『ティール組織』(フレデリック・ラルー 英知出版 初版2018年)が、世界でベストセラーになり、日本でも、その提唱者ケン・ウィルバーの思想が注目されるようになっています。

ケン・ウィルバー(Ken Wilberは、トランスパーソナル心理学者であり文明思想家である。広範な知を統合してきた業績から「意識研究のアインシュタイン」と呼ばれています。

日本で出版された『インテグラル理論』の原題はA THEORY OF EVERYTHIGです。日本語で「万物の理論」。この世界に生じる全ての現象を包みこんで説明できるように「統合」するのが「万物の理論」です。

『インテグラル理論』については、別の機会にふれることにして、今回はケン・ウィルバーの意識研究の枢軸となっている意識をスペクトルとみなすという論理から、世界観の移り変わりの歴史を一つのスペクトルとみなす考察を試みました。日本において、こういった考え方の代表は『密教』、特に空海の思想に近いものがあります。

 スペクトルとは

スペクトル(英語: spectrum)とは、複雑な情報や信号をその成分に分解し、成分ごとの大小に従って配列したもののことである。2次元以上で図示されることが多く、その図自体のことをスペクトルと呼ぶこともある。様々な領域で用いられる用語で、様々な意味を持つ。現代的な意味のスペクトルは、分光スペクトルか、それから派生した意味のものが多い。

参照: ja.wikipedia.org/wiki/スペクトル

「東洋的」、「西洋的」と呼ばれる人たちは、互いに異なった言語、方法論、論理を用いているため、自分たちが全員、まったく同一のスペクトルの異なった帯域、あるいはレベルにのめりこんでいることに気づいていない。互いに互いが誤っているとする論争は、各人が別々のレベルから一つのスペクトルについて語っていることを認識することによって、はじめて解決される。
(ケンウイルバー著「意識のスペクトル」より)

プーチンによるウクライナ侵攻、精神異常者ではないかというほどの徹底的蛮行は、戦争犯罪と世界中から非難を浴びながら、益々エスカレートしています。 >> 続きを読む

脱・ヒエラルキー思考 2

「自分の国や社会をかえられると思う』と考える若者」が他国に比べ、あまりにも低い数字に開いた口が塞がらないほどです。

日本は、このように社会とか、政治にあまりにも無関心であるとともに、自己の人生を、御上任せにしてしまっている原因が、「御上意識」「親方日の丸」観念にあるように思われます。

「自分の力など及ぶところではない」ということなのでしょう。

本当はそのような思考は、昭和生まれの中年以降の特許のはずです。
若者はそんな世界観を嫌って、「自分らしさ」の自由を選択しているはずです。

政治に期待できないことは解りますが、政治以外のやり方でも社会は変えられる、ということもあるはずです。 

衆院選2021 若者の投票状況を他国と比較してみると? 際立つ日本の低投票率

2016年の参議院議員選挙以降、3回の国政選挙で10代有権者が投票してきました。


図表2_年齢別投票率の比較

この間10代有権者の投票率は右肩下がりとなっています。例えば18歳有権者の投票率は、51.17%(2016年参院選)→50.74%(2017年衆院選)→35.62%(2019年参院選)、19歳有権者の投票率は39.66%→32.34%→28.83%と推移しています。

図表2では、G7のうちイタリアを除く6か国の年齢別投票率を比較しています。
総じて各国とも若者世代の投票率が低く、年齢を重ねるほど投票率が高くなっていることが確認できます。

日本の特徴としては、年齢の低下に伴う投票率の減少幅が他国よりも大きいことや、75歳以上の世代の投票率が大きく減少していることがあります。

日本では18歳~24歳世代の投票率は65歳~74歳の世代に比べて約40%低下していますが、次に低下幅が大きいアメリカやイギリスでは25%程となっています。やはり日本の若者は他国よりも投票に参加していないことが強調される結果となります。

若者が投票をするための環境、サポートはこれまでよりも充実しています。
でも、いざ投票しようとすると、様々な壁があります。

例えば、「シルバーデモクラシー」。
少子高齢化が進む中で有権者に占める高齢者の割合が増し、高齢者層の政治への影響力が増加する(=若者を含む他の世代の政治への影響力が減少する)ことを指す用語ですが、この言葉を目にして「だから投票しても仕方がない」と投票する気持ちをくじかれてしまっている人もいるかもしれません。でも、「日本に暮らしている18歳~29歳(約1,495万人)の4割の人は自分たちが投票に行くことでシルバーデモクラシーを回避できる」と言われるとどうでしょうか。
他の世代に比べて政治に参加しづらい思いをしているのは、きっと他の国の若者たちも同様です。でも、自分たちが暮らす社会を二分するような問題に面する中で、アメリカもイギリスも若い世代が一歩を踏み出して、投票により多く参加するようになっています。

院選2021 若者の投票状況を他国と比較してみると? 際立つ日本の低投票率(原口和徳) | 日本最大の選挙・政治情報サイトの選挙ドットコム (go2senkyo.com)

このような現象は、日本風土の「ヒエラルキー依存」が原因ではないかと思うのです。

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脱・ヒエラルキー思考 1

 先日『徹子の部屋』に上沼恵美子さんが出演していました。

いつも自身の番組では、ゲストの方々にマウントやお世辞、忖度を駆使し、優位性を測る行動を基本にしている方だという認識はありましたが、今回の『徹子の部屋』での徹子さんへの対応は、まるで神様扱いでした。

ご自身の仕事について、そろそろ辞めようかと「どうしたらいいでしょうか?徹子さんのおっしゃる通りにします」と。

いつもの態度とは大違いに、大きな身体を小さく畳んだ姿勢。
「まだ、お若いんですから、お続けになれますよ。そうなさったらいいんじゃないですか」と丁寧な徹子流の対応に、拝むように「ありがとうございます」を返す彼女の言葉には、賛美の嵐が加わり、あまりにも強烈なヒエラルキー主義・思考を感じて違和感さえ覚えました。

でも、このような場面は古い日本風土では当たり前のように見られる状況です。

このように私たちの脳には強い「ヒエラルキー思考」という羅針盤(心のコンパス)が自動的に働いていつもピラミッドのどの位置に居るか?相手は自分よりも上に居るか下に居るか?という想いが無意識に働いてしまうのです。 >> 続きを読む

『遊びをせんとや生まれけむ』2

 兼近大樹氏を「生き方のスタイリスト」と勝手に称して、彼の著書『むき出し』の推薦者の動画のURLと共に、ざっくり著書のご紹介をしました。
http://neusolution.matrix.jp/neu-solution/2489.html

前回触れましたように、人は共同体の色に簡単に染まってしまう動物であることがお解りいただけたと思います。最小共同体の家族間では遺伝の影響で家族の価値観、体質が似通うことは当然です。

ここで家族の外側に存在する、中間共同体、例えば学校、会社、地域、クラブなどが、家族間価値観と共に私たちに大きな影響を及ぼしていることを再認識したいのです。

「お金の量と知能は比例する、という身もふたもない現実」

先の兼近氏の例のように、貧困や、母子(父子)家庭などの過酷な環境に育つ子供は、家庭にぬくもり、安心を得られないことも多く、その上、学校嫌いが加われば、まともな中間共同体への参加は無理と言えます。
『知能テストの結果と、収入の多寡には明確な相関関係がある』ということが判明されています。 これは考えてみれば至極当然で、金持ち世帯は金に余裕があるため、子どもにも惜しみなく英才教育を施すことができます。また、親は時間的、経済的余裕がある上に賢いゆえに、子どもに対し勉強以外の様々な有益な体験をもさせることが可能です。そうやって育てられた子は当然賢く育ち、その子どもにも同じような教育を施すという循環ができます。

そして、社会は賢く能力のあるものが勝ち組となって幸せを得てユートピアに住むことができる。それ以外の多くの落ちこぼれ達はディストピアの世界で一生苦しみながら死んでいくしかない。

これが「無理ゲイ」「親ガチャ」「遺伝ガチャ」で想定された現実物語の姿であるというお話をしてきました。

こんな考え方もあります。
「無理ゲイ社会」では個人の能力主義・実力主義から、中間共同体への依存度が低くなり、次第にその必要性を失い、やがて中間共同体は解体され力を失う運命にある。
うざったい柵(しがらみ)から解放され自由に選択し、謳歌、集中できるメリットがあるからです。
反面、それまで地域、会社、その他の組織の傘下に入ってパラサイト的に中間共同体に保護されていた依存者たちにとっては、ノミ二ケーションや付き合いもなくなり、助け合える仲間もいなくなって、たとえ困難に出逢っても「自己責任」の名のもとに、自分ですべてを引き受けていかなければならない「孤独」を抱えて生きてゆくことになります。 >> 続きを読む

『遊びをせんとや生まれけむ』1

遅まきながら、あけましておめでとうございます。

2022年最初の投稿です。

皆様、良き2022年をお迎えのことと思います。

私的には、昨年冒頭から始まった「癌」との出会い、手術から一年を経た2022年正月でした。
手術の後遺症との共生にも馴れ、リハビリのつもりで近場の小旅行を敢行しましたが、思った以上に調子よく、3時間もの歩行も余裕で、同行者に迷惑をかけることもなく、久方ぶりの非日常をすっかり満喫し、堪能して帰ってきました。

世間は?と言うと、正月が過ぎるころから徐々に、感染力が強いと言われるコロナ新変異株、オミクロン株が急速に感染を広げる状況が続いています。感染された方には、心からお見舞いを申し上げます。そうでない方には、充分に心しながら日常をお送りください。

さて、そんな中、元旦未明に放送された「朝まで生テレビ」は、日本の現状と行く末を語る人々の「確固たるビジョン」の提言がぶつかり合う様子につい巻き込まれていました。

個々に独自の「ビジョン」を投げかける人の中に、組織への忖度、コバンザメ的な人がその色合いを明確にしたのも面白い状況でした。またホテルのTVで偶然「マイケル・サンデル 白熱教室」の放送に出逢い、日本、中国、アメリカの大学生たちによる討論を観る機会を得、会話の主題にもなり、若者の意見にも触れ、大変有意義な時間を共有できました。

その中で中国人学生は、他の国の学生たちと比して、生活に満足し、国の政策に不満がないと語る人たちに皆驚き、洗脳の怖さを知りました。

別の角度から見れば、幸せを得られているとも言えるかもしれません。それを世界中に知らしめたいという意図が政府側にはあるのでしょう。

閉鎖されている情報空間においてはこのような思考のコントロールは容易と言えますが、それに気づいて異なる行動をするものは、簡単に排除されてしまうでしょう。

中国共産党政府は、国民全体を都合のよい方向に育成し、政権を安定させられるため、小学校からプロパガンダ、洗脳教育に力を入れている。そのため政権側の思いのままの大人になるのは当然でしょう。

中国においても、格差現象は厳しいようで、若者たちの間に「寝そべり族」と呼ばれる、最小限だけ働き、ほとんどの時間を寝そべって過ごす若者が出現しています。
このような情報が発信されるとすぐに削除されるということです。

 

ところで、若者を中心に人気上昇中の『EXIT』ボケ担当の兼近大樹の小説『むき出し』が最近話題になっています。彼の過去の黒い交際や過ちなどを体験のまま書き下ろし、カミングアウトした、告白自伝的小説です。又吉直樹氏、茂木健一郎氏も推薦しています。
又吉直樹×兼近大樹 本音むき出し特別対談①小説編 – Bing video

EXIT兼近大樹が自伝的小説出版に違和感も…逮捕歴を告白し爆報THEフライデーにも出演、過去の犯罪をネタにし物議 | 今日の最新芸能ゴシップニュースサイト|芸トピ (geitopi.com)

2019年10月14日(月)11:22
EXIT兼近大樹さんは4日放送の『爆報! THE フライデー』(TBS系)に出演し、番組では貧乏だった少年時代から犯罪に手を染めるまでのことが再現VTRで紹介され、周囲も片親や両親がいないというのが当たり前の環境で、2011年に逮捕された売春斡旋事件についても、「法に触れるということは分かってた上で、僕が未成年のころは『それの何がいけないんだ』でしたね」と当時を振り返っていました。一方の窃盗事件に関しては逮捕、不起訴処分になったことは伝えたものの、本人が事件の詳細を明かすことはありませんでした。
番組放送後にツイッターを更新したEXIT兼近大樹さんは、「爆報フライデーせんきゅすでした!!兼近の人生に関わって下さった皆様に感謝します。そしてお騒がせして本当に申し訳ございませんでした。」と謝罪の言葉を綴った上で、「真実を全て話しましたが、もちろんテレビでは描けない部分も多々あります。兼近自身も知りたい方には何もかもさらけ出したいと思っていますので中卒のチャラ男が初めての自伝的小説に取り組んでいます。そこに事細かに書きますので、応援してくれる方もそうでない方もそちらを手にお取り下さい!!」と、自伝的小説を執筆中であることを明らかにしました。

髪をピンクに染め、派手なファッションに身を包み、チャラ男のキャラクターを呈しているものの、彼の実態は観るごとに外見とは異なる人間として魅力的キャラクターに想えてなりません。 >> 続きを読む

優先する行動に秘められた方向性(ポリシー)

行動こそがすべてを語っていることについて、また、つい優性しがちな行動について少し触れました。NEUノイsolution 行動こそがすべてを語っている (matrix.jp)

それは優先する行動にこそ自身の現在(資質、現実)、そして目指している、あるいは、進む方向性が顕現しているからなのです。
意識が向かっている方向、その方向に進むことが、今の自分にとって一番抵抗なく、最優先できるということです。

たとえ一番大切だと思っていることが他にあったとしても、やはりそれよりも優先することは、とりあえずそれを今は一番優先しなければならない、つまり(優先する人、コトを大事にすることは)何よりも犯すことができないルールになっているからです。

つまり、自分で自分に犯すべからざるルールを課す。そのルールは自分にとって絶対と言えるほど自然で、当たり前のことなのですが、言い換えると生きる上で一番重要な事となっているといえます。そのルールの意味こそ、向かっている方向なのです。

幼少時代、保育園や幼稚園に行くようになった3歳児、4歳児は、初めてルーティン生活に入ります。
始めは一人前になったような感覚と、新しい生活変化に興味深々で早く起きてしまうかもしれませんが、慣れてくると朝寝坊をして、ママに起こされ、眠い目をこすりながら無理矢理、気合を入れて引きずられるように園に行くこともあるでしょう。
園の環境が面白く、毎日が楽しくてしかたない場合は、明日の来るのが待ち遠しくて、起されなくても起きていたかもしれません。
定時に起きる、そのために定時に寝る、定時に食事をする、歯を磨く、顔を洗う、お風呂に入る…というようにルーティンのルール通り行動することを続けていくと、知らないうちにそれが当たり前のこととなってきて、自動的に行動するようになります。
このようなルーティン行動は、親の価値観、方向性、習慣が大きく影響します。そのため、子供にとっての自由度はその枠内に限定され、ある年齢までは、それを当たり前になぞる生活を続けます。

幼稚園、保育園に通うようになり、多様性に触れることで、少しずつ影響を受け、行動にも変化が出てくるでしょう。そうやって子供社会のなかで自分の位置も明確になり、個性を創るようになります。
更に成長するに従って、時間に管理される生活は益々多くなり、強化されてゆきます。
成長すること=自由度が減少する、という観方をすることもできます。

その自由度をどこまで自己の選択で決められるかが後のキャラクターに大きく関わります。
親の言いつけを良く守り、親の顔色を伺いながら日常を過ごす子供、また親のいうことはいつもスルーして一人遊びにふける子供、言い換えると、リスクを負っても自由を自ら獲得しようとする子供と、親にすべてを託し安全を選択する子供とによって、そのあたりから個性が構築されるのです。

思春期はその第2段階で、同じような選択の機会が訪れます。親への抵抗心が生まれやすく、その時期には自己を新たに確立するチャンスとなります。
あなたのその時期はどのような選択をしてきたのでしょうか?

それは現在の状況にも大きく関わっていることを知ることになるでしょう。
「一人遊びが好き」は大人になっても、老人になっても変わりません。
『三つ子の魂百まで』とか『雀百まで踊り忘れず』は、「幼い頃に表れている気質や特徴は、歳をとっても変わらない」ということですが、正にそれを実感しています。

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