日本人と宗教

宗教という言葉を英語で言うと、Religionです。
これはラテン語の Religio から派生しました。

英語の語源は、ラテン語や、ギリシア語をもとにした言葉が多い。「レリジョンreligion」の語源は、ラテン語の「レリギオreligio」であるが、「縛る」という意味である。

「再び」という re と、「縛る」「結びつける」という ligare を組み合わせて出来た英語です。

転じて「神と人を再び結びつける」と言う言葉として理解されています。

一般に、人間の力や自然の力を超えた存在(神)を中心とする観念です。

日本では古くから「八百万の神」の信仰があり、つまり森羅万象すべてに神が宿る、という観念が古くから根付いています。森の木々の一本一本からトイレに至るまで神が宿るという考え方です。

日本神道はこのような民族信仰から自然発生した多神教で、一神教の「縛る」または「神と結びつける」という考え方とは少々異なるものです。

そして、日本人は「宗教をやっている」という言葉に警戒します。

つまり、宗教はやっていない「無宗教」の人が大部分と言っていいでしょう。

「無宗教」なのに、森羅万象(自然)への畏敬の念があり、ゴミを拾い、きれいにする習慣が身についています。

そのことが世界で日本人の評価を高めることにつながっています。

英語の「ネイチャー」では人が自然を従えて支配し、征服するべきものとされ、未開の状態も意味しています。
そういった意味での「ネイチュア」という概念は、日本人にとって異質なもの、日本語の「自然(じねん)」とは異なる意味合いがあります。

日本を愛したジョン・レノンのイマジンの歌詞には、そうした日本の「自然(じねん)観」が表現されているように思います。

イマジンに魅せられた若者のこんなサイトがありました。
未来を任せるにふさわしく、心強い限りです。

Imagine

1.想像してごらん
2.天国なんて存在しない
やってみれば簡単なことさ
足元に地獄があるわけでもなく
頭の上には空が広がっているだけ
想像してごらん
誰もが今日のために生きていると

1: 世界一有名な「冒頭の歌詞」がこれだ。
2: John LennonはGodという曲の中で「神は苦悩を測るための概念にすぎない」と歌っている。その曲も泣けすぎてヤバいのでそのうち気が向いたら和訳します。

想像してごらん
3.本当は国家なんてないんだ
難しいことじゃないさ
誰かを殺したり 何かのために死ぬこともない
4.宗教すら存在しないんだ
想像してごらん
誰もが平和に暮らしていると

3: 当時の戦争を念頭に置いた表現。国家なんてものは幻想だとジョンは歌う。
4: このあたりの思想は非常に現代的で、当時(1970年代)においては現代におけるよりも過激なメッセージであったことは想像に難くない。

5.僕が夢を見ているだけだと
君は言うかも知れない
だけどこんな風に考えているのは僕だけじゃない
6.いつか君も僕の仲間になってくれるといいな
そうすれば 世界はひとつになるんだ

5: この部分はマジで泣ける。これまでの「想像してごらん〜」から突然話が変わってハッとする部分。俺も夢を売りたい人間として共感しかしない。夢追い人はいつも批判されるけど、そういう人がいなきゃ世界は先に進まない。もはや解説じゃなくなっててさーせん。笑
6: 歌詞とメロディの整合性が異常だし、歌詞の締めくくりとしてもこれ以上の表現はありえない。センスの塊としか言いようがない。完成度に泣ける。

想像してごらん
何も持っていないと
7.君にできるかな
欲張りになったり
何かが欲しくてたまらないと思う必要もない
人類はみんな兄弟なんだ
想像してごらん
8.誰もが世界の富を分け合っていると

7: 1コーラス目と比較してジョンがこちらに歩み寄ってくるようなイメージ。
8: これまでの和訳ではこの部分は曖昧にされてきた。俺がはっきりさせましょう。share the worldで何をshareするのかといえば、富です。だから富を分け合うとはっきり和訳するべき。

僕が夢を見ているだけだと
君は言うかも知れない
だけどこんな風に考えているのは僕だけじゃない
いつか君も僕の仲間になってくれるといいな
9.そうすれば 世界はひとつになるんだ

9.「お前なんかただのdreamerじゃー」って言う君こそが孤独なんだよというオチ。涙しかない。

John Lennon – Imagine 歌詞を和訳してみた – SONGTREE 

「ありがとう」といいたくなりました。

日本も西洋文化が入り、「正しい一つの答え」に執着する文化に染まった部分もありますが、元来は一つの答えに固執する「True believer」ではなく、多様性、融通性に富んだ国民性を持っていたことを思い出すような歌詞ですね。

ジョン・レノンもそういった国民性へ憧れていたのではないでしょうか。

今回ワールドカップでの日本人への称賛も、このような国民性への称賛の意があったに違いないと感じています。 

そんな日本人の国民性が世界中に広がれば、戦争など起きようがないのでしょうが・・・・

日本人の宗教観には「縛る」という概念は無縁です。

旧統一教会の信者を「縛る」信仰の形態に,異を唱える人が多いのも、宗教に「縛られる」ことに違和感を抱く所以でしょう。

仏教にも、神道にもそのような考え方は存在しません。 

「無宗教」という人たちも、正月は神社に参り、葬式は仏教に頼み、お祭りは神社でワイワイと、お盆には盆踊りで楽しむという神仏混合ともいうべき信仰形態が普通に行われています。現在ではそれに加えて、12月24日クリスマスを祝い、さらに最近では、 1031 ハロウィン キリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭まで祝うようになりました。

海外の人たちから見れば、まるで節操のない信仰形態とも見えることでしょう。

ところがそのことが、実は押し付けられない自発的な秩序を生み、「お蔭様」という思想を生んでいるのです。

そしてそのことが外国人の人々の心を動かしていることを、誇りに思っていいのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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