優先する行動に秘められた方向性(ポリシー)

行動こそがすべてを語っていることについて、また、つい優性しがちな行動について少し触れました。NEUノイsolution 行動こそがすべてを語っている (matrix.jp)

それは優先する行動にこそ自身の現在(資質、現実)、そして目指している、あるいは、進む方向性が顕現しているからなのです。
意識が向かっている方向、その方向に進むことが、今の自分にとって一番抵抗なく、最優先できるということです。

たとえ一番大切だと思っていることが他にあったとしても、やはりそれよりも優先することは、とりあえずそれを今は一番優先しなければならない、つまり(優先する人、コトを大事にすることは)何よりも犯すことができないルールになっているからです。

つまり、自分で自分に犯すべからざるルールを課す。そのルールは自分にとって絶対と言えるほど自然で、当たり前のことなのですが、言い換えると生きる上で一番重要な事となっているといえます。そのルールの意味こそ、向かっている方向なのです。

幼少時代、保育園や幼稚園に行くようになった3歳児、4歳児は、初めてルーティン生活に入ります。
始めは一人前になったような感覚と、新しい生活変化に興味深々で早く起きてしまうかもしれませんが、慣れてくると朝寝坊をして、ママに起こされ、眠い目をこすりながら無理矢理、気合を入れて引きずられるように園に行くこともあるでしょう。
園の環境が面白く、毎日が楽しくてしかたない場合は、明日の来るのが待ち遠しくて、起されなくても起きていたかもしれません。
定時に起きる、そのために定時に寝る、定時に食事をする、歯を磨く、顔を洗う、お風呂に入る…というようにルーティンのルール通り行動することを続けていくと、知らないうちにそれが当たり前のこととなってきて、自動的に行動するようになります。
このようなルーティン行動は、親の価値観、方向性、習慣が大きく影響します。そのため、子供にとっての自由度はその枠内に限定され、ある年齢までは、それを当たり前になぞる生活を続けます。

幼稚園、保育園に通うようになり、多様性に触れることで、少しずつ影響を受け、行動にも変化が出てくるでしょう。そうやって子供社会のなかで自分の位置も明確になり、個性を創るようになります。
更に成長するに従って、時間に管理される生活は益々多くなり、強化されてゆきます。
成長すること=自由度が減少する、という観方をすることもできます。

その自由度をどこまで自己の選択で決められるかが後のキャラクターに大きく関わります。
親の言いつけを良く守り、親の顔色を伺いながら日常を過ごす子供、また親のいうことはいつもスルーして一人遊びにふける子供、言い換えると、リスクを負っても自由を自ら獲得しようとする子供と、親にすべてを託し安全を選択する子供とによって、そのあたりから個性が構築されるのです。

思春期はその第2段階で、同じような選択の機会が訪れます。親への抵抗心が生まれやすく、その時期には自己を新たに確立するチャンスとなります。
あなたのその時期はどのような選択をしてきたのでしょうか?

それは現在の状況にも大きく関わっていることを知ることになるでしょう。
「一人遊びが好き」は大人になっても、老人になっても変わりません。
『三つ子の魂百まで』とか『雀百まで踊り忘れず』は、「幼い頃に表れている気質や特徴は、歳をとっても変わらない」ということですが、正にそれを実感しています。

下手をすると24時間すべてがル―ティンと言う人も少なくないと思います。
そのような人はルーティンルールこそ人生の中軸になっていると言っていいでしょう。
そんな人の幼少時が想像できるような気がします。きっと「いい子」だったんでしょうね。

そうなると、自由はむしろ苦手と感じるかもしれません。
ルーティンというルールに沿って行動することは、何も考えなくても時間通りに動いていることで充実感を得ることができるのでしょうから、それはそれで幸せのひとつの形かもしれません。

そしてルールに沿って生きる人は、自由度の高い人生を歩んでいる人に対して違和感を覚え、ルールを犯すのではないかと厳しい目で観てしまう可能性はありますね。

その例として、日本人によく似た国民性として知られる「規則に厳しい」と言われるドイツ人です。約束や時間を守りますし、ルールや規則は徹底的に守り、融通が利かないことから、他人の間違いには激しい怒りをぶつけ、意見の対立が多いことで知られています。
実は私もドイツに滞在しているときに、お隣から怒鳴られたことがありました。
休息日に室内のDIYをしていたからです。

「ルールに沿った生き方」が彼らにとっての方向性(ポリシー)と言えます。

他の例としては、「人間関係が最重要」という軸を持つ場合、誰にでも合わせる八方美人的能力が備わります。常に笑顔を忘れず、相手を肯定し、受動的で、非積極姿勢を崩しません。彼らの方向性は「対立しない」、誰からも「嫌われない」がポリシーかもしれません。そういった人は自分の考えよりも、相手への忖度にエネルギーを使います。
メリットは友達が多くなります。(いや、これがメリットと断定するにはちょっと抵抗ありますが)デメリットは友達が集まった時、誰に焦点を合わせるか、と言う問題がおきます。そこで、「空気を読む」が重要になります。
多くが一堂に会したときには、沈黙するしかありませんね。でも意見を求められたらどうするのでしょうか、誤魔化す⁉

また「損得勘定」という軸を持つ人は、対人関係にも利か損かで接するでしょう。
相手出方状況に応じて自分に有利になるように処置する駆け引きのうまい人は、相手を上手くコントロールする能力を駆使します。
他人の親切は「ラッキー‼」と受け止め、感謝よりも「自分が好かれた」(心を掴んだ)と勘違い、親切に胡坐をかいて、態度も大きくなるものです。
彼らは、乗せて、踊らして、思惑通りに操る能力を誇っています。

彼らのポリシーは「利用価値」、そこにココロは付随しません。

恋愛も結婚も「利用価値」に軸を置くでしょうね。商いはこのシステムで成立しますが、同時に詐欺の手口としても使われる術です。甘言に引っ掛からないよう要注意です。

駆け引きは損得勘定のテクニックと、肝に銘じることですね。

これは資本主義が生み出した功罪の罪の一部分、社会の歪みと言えるでしょう。
「欲望の資本主義」では「超絶エゴ詐欺システム」を、NHKが描き出しました。
「弱肉強食」も資本主義に代表する概念です。
世界ではエゴ資本主義の自壊を唱える人も少なくありません。
最近では「新しい資本主義」などと煙に巻くようなマニフェストが飛び交っていますが、中身があるようには思えません。でもポスト資本主義の動向のきっかけとはなるかもしれません。
期待したいものです。

「感謝」のこころがあるかないかは重要な判断材料になるかもしれませんよ。

同じく資本主義が生んだ罪の一つかもしれませんが、「肩書き、ステイタスが最重要」というピラミッドの上を目指す人、高学歴、車、宝石、家などに多くのエネルギーを使い、どこまでも他者との比較、競走に徹するでしょう。

彼らは家族も車や宝石と同じように、自分を映えさせるか、くすませるかの道具になっているようです。そのため、子供の成績は最重要、高学歴を目指して、「あなたのためを思って」と子供に鞭を打ち続けるでしょう。韓国ドラマにはこのテーマのモノが多いようです。日本よりも酷烈な社会状況のようで、子どもにとってはいい迷惑です。

SNSで「映える」という言葉が巷を駆け巡っていますが、せめてSNS上で「いいね」とはやされたい現象でしょう。
「承認欲求」とはこういうものですね。ピラミッドの少しでも上を目指したいという潜在意識が生み出したものでしょう。
人間が創り出したピラミッドという虚構に踊らされた悲しい人間社会の実態です。

こんな人もいました。
家は、寝る、食べる、入浴だけの場所で、ほとんどの時間は家に居ることなく、外(ガーデナー)の仕事で一日を費やしている人。その人の家の中は、奇麗なのですが、殺風景で温もり、やすらぎ、などを感じられず、ゆったりと落ち着ける空間ではなく、ほとんど立ったままの姿勢になってしまうような雰囲気を漂わせる、癒されない、落ち着かない空間はまるで戦場におけるキャンプ舎のように感じました。

ガーデンのレイアウト能力は抜群なのに、棲家のレイアウトにはほとんど無関心なのか、解らないのか、不思議に感じました。
日本人は「働くことに意義がある」という習性がありますが、正に「労働こそ価値」を地で行くようなポリシーの持ち主でした。
本人は「健康とお金のための一石二鳥」と、コスとパフォーマンスの良さ誇っているようです。
ストイックが滲み出て「決して自分を甘やかさない」という姿勢が痛々しくさえ感じてしまった私ですが、やすらぎも、温もりも必要ない強い人なのかもしれません。

もしかしたら、やすらぎや、温もりといった感覚をじっくり身体に味わった経験がないとも言えるかもしれませんが戦中戦後の日本人の大半はそういう人達でした。

特に田舎育ちの人にとっては、子供の頃から勉強よりも「仕事」が日常で、そんな感覚を味わう暇も余裕もなく、むしろくつろぐということに罪悪感すら抱くことが、普通という時代でした。そんな習性遺伝子が働いているのかもしれません。

常に家を空ける習性の場合、家の居心地が良くないと言えますが、棲家よりも外の居心地が良いという人を初めて知り、大いに勉強になりました。

反面、私のポリシー、方向性の真逆を再確認できたということもあります。
棲家の居心地で生かされているような私は、お金も、ステイタスも、人間関係すらもそれほど重要なものではなく、棲家でほとんど満足し、むしろ外へ出てもすぐに家に帰りたくなってしまうほどです。
家の中にいても、庭へ出ても、林を歩いても、居心地の良い空間での一人遊びを楽しみ、料理を楽しみ、コーヒーブレイクを楽しみ、ライフワークに勤しむ日常ですから、そこには全く罪悪感などなく、むしろそれが損なわれることは重大問題となります。
質素でありながらも、このような日常を享受している、そのことはとても贅沢な事なんだと気づき感謝が深まりました。

私のポリシーはただただ「快のままに」を貫くことです。

 

ところで、同じような価値観、人生観の世代が生まれています。

ゼット世代と呼ばれる若者たちの中には、旧来の価値観から解放されたいと願う者が噴出していますね。

ジェネレーションZ ( 英: Generation Z )、 Z世代 (ゼットせだい)とは、 アメリカ合衆国 や 英語圏 、 日本 などにおいて概ね 1990年代 中盤から 2000年代 終盤までに生まれた 世代 のことである。

ジェネレーションZ – Wikipedia

Z世代の特徴
Z世代の価値観には、ほかの世代と異なる5つの特徴があります。

  1. ネットリテラシーが高い
    デジタルネイティブな彼らは、スマホを駆使して日常をエンジョイします。
  1. SNSで情報収集する
    Z世代は、検索エンジンではなくInstagramを用いて情報収集をします。ミレニアル世代がGoogleなどの検索エンジンで行っていた「ググる」に対して、Z世代はInstagramのハッシュタグをたどって情報収集をする「タグる」という行動をしています。Z世代は、リアルタイムの情報をスマートフォンで探すという習慣になっているのです。
  1. 保守的な金銭感覚
    世界的な長期の不況に見舞われるなかでZ世代は成長してきました。そのため浪費は好まず、貯蓄や節約への関心が強く、安定志向を持っています。また商品を購入する際は衝動買いなどはせず、コストパフォーマンスを重視する傾向にあるのです。

一方、自分が真に必要だと思うものにはお金を惜しみません。それは、堅実な経済感覚を持つためでしょう。

 ダイバーシティを重視する
Z世代が生まれたときにはインターネットが普及しており、幼いときから世界のニュースを知り、SNSを利用してきました。そのため世界の情勢について触れる経験が多いため、他者の多様な価値観を尊重し、素直に受け入れられます。学校でも、一つの解答を求めるだけでなく「考え方や価値観が人と違うのは当たり前」という教育をされているのです。

 

5 自分らしさを重視する
Z世代は、他者の多様な価値観を尊重することと同等に、自分の個性も大切にします。「人間はみな平等で、個性は尊重されて当然」という教育環境で育っているため、「ありのまま」に「自分らしく」生きることに価値を見出しているのです。ファッションでもブランド名に固執せず、自分が気に入ったものを選びます。

彼らはモノよりも体験を重視する特徴があり、高級感よりも実用性、コスとパフォーマンスに価値を置きます。更に、プライベートの充実をはかりながら社会に役立つ仕事や、オープンで平等なコミュニケーションを求める傾向あるようです。
男女平等は当然、公平性を欠く社内評価や、形式にとらわれた理不尽なルールは受け入れ難いと思っている世代です。
更に、組織への所属にはこだわらず、転職や起業思考も強いようです。昇進や役職と言った思考形態とは遠ざかっているようです。

Z世代が活躍する社会では「国籍や人種」「男女の役割やセクシュアリティ」「生き方やライフスタイル」などで、あらゆる人が平等に認められるかもしれません。

Z世代とは? 背景、世代の特徴、重視する価値観について – カオナビ人事用語集 (kaonavi.jp)

こんな若者たちが誕生していることは、未来に明るい光が見えて、嬉しい限りです。
Z世代のあなたたちの活躍に期待しています。

このように、他者の方向性を観察することでも、自分がいつも優先している行動を認識することに繋がり、自己の人生観、ポリシー、哲学、姿勢、立ち位置などを明確に認識するキッカケを与えてくれます。時には、そんな検証も面白いと思います

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