人の幸・不幸を決める価値観

先回の記事を書きながら、自己の進化や成長にとって無意味な怒りや反発の原因に目線が映りました。

先回記事からも見えてきました「価値観」 の強要です。

 あらためて「価値観」とは、を思い起こしてみてください。
日常的にも、将来的にも、自分にとって何を重視し、何を大切にし、何に支えられ、優先しているか?

お金が一番、家族が一番、成績が一番、人付き合いが一番、成功(学歴、肩書き)などのステータスが一番、やっぱり宝石、いや家じゃない?高級車だよ!など自分にとって幸せと感じられる要素、一番価値ある条件が何かという考え方のことですね。国によっては何よりも宗教を優先する場合もあります。

誰かにとって生きる力になっているようなこと、モノが、他の誰かにとってはくだらない安物の花柄便座カバーのようなものかもしれません。そのように、生きる力を与えてくれたり、くだらない安物の便座カバーのように感じたりする原点になって入る、いつの間にか刷り込まれた考え方です。

別のところで産まれ、べつの道を歩いて育った他人同士が価値観を共有することは難しいものです。

似たような環境で一緒に暮らしている家族でさえも、違う価値観を持っているものです。価値観はこれまでの経験や環境、性格などさまざまな要因で決まります。
一部分で共有できたとしても、すべてを共有できないのが価値観です。

日本では強要罪という罪がありますが、義務のないことを強要する場合に成立するそうです。
ところが日本においてこの強要罪が成立したということをあまり聞いたことがありません。
もし、このような罪が日常茶飯事に成立していれば、もっとメジャーな言葉として使われていたでしょう。それを可能にしているのが常識という文化的価値観ではないでしょうか。

そして、近年話題が絶えないようになった、パワハラを始めとする多くのハラスメントの実態は、こうした常識・文化がパラダイムシフトしている時代の過渡期にある現象と言えるのではないでしょうか。

(パラダイムシフト(英: paradigm shift)とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。パラダイムチェンジともいう。ja.wikipedia.org/wiki/パラダイムシフト

 

ここで話は少し飛びます。
私たちの行動を制御している構造に、デフォルト構造という初期設定が刷り込まれています。

生まれた環境、両親、所属する場等々、歳を重ねながらこれらから影響を受ける様々な情報に触れ、経験することで、無意識、無自覚のうちに刷り込まれる文化的価値観(世間の常識)です。私たちはこの世間の常識にどれだけ縛られているしょうか?

「世間に恥じないように生きる」という生き方を多かれ少なかれ親や親戚たちに繰り返し言い渡され「世間の目」 の怖さに脅かされていたのではないでしょうか?
ほとんどの日本人の意識に「世間は脅威」が刷り込まれ、初期設定されていないでしょうか?

そして生まれたのが同調圧力です。⇒ソーシャルプレッシャー

同調の反意語に反発・反駁(はんばく)という言葉があります。反駁は相手の説明や批判に対して論じ返し応戦することで、裁判などで弁護士と検察官のやり取りなどを表す言葉です。
そのような能力がなく、ただ反発するだけでは同調圧力を退けるパワーにはならず、いつの間にか圧力に屈するか、逃げるかしかないということになります。そして逃げた人は落伍者の烙印を押されることになります。

殆どの大人はこの踏み絵を踏まされて社会(世間)の一員となる資格を得られるということです。

世間とは、本来一味平等であるものに区別を作って、それにこだわって生活しているから、真実がおおわれ、無常であり、破滅すべきものと説かれる。このように一般に世間といわれている使い方とは違って、仏教では、深い人間的反省が込められている。Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E9%96%93

のですが、現実には世間の少数派を排除し、富と権威に忖度する仕組みが、揺るぎない基礎の上に構造化されているのが現実です。

最近こんなドラマに出会いました。

NHK「ひきこもり先生」公式サイトよりhttps://www.nhk.jp/p/ts/L29VQMZMK8/11年間のひきこもり生活を経験した主人公・上嶋陽平は、ひょんなことから公立中学校の非常勤講師となり、不登校の生徒が集まる特別クラス「STEPルーム」を受け持つことに。複雑な家庭環境、経済苦、クラスの中での居場所のなさ…一筋縄ではいかない中学生の心に深く分け入り悪戦苦闘! これは、新時代への不安と向き合いながら社会とのつながりを模索する大人と、子どもたちの物語。「生きていける場所」を求める日本人へのメッセージを送ります。
“「元ひきこもりの50歳男」が中学校の不登校教室の非常勤講師に!上嶋陽平(佐藤二朗)は、38歳から11年間ひきこもり生活を続け、3年前にようやく部屋から脱出した、いわば「ひきこもりサバイバー」だ。
ひきこもり脱出後、地域の人々の力を借りて焼鳥屋を開業したものの、客とまともに話しも「いらっしゃいませ」も言えないだんまり店主。

注文は紙に書いて渡し、自分で計算してお金を払う。全くコミュニケーションもサービスもない焼き鳥屋。社会復帰はまだ途上にあった。

ある市立中学校の校長の榊徹三(高橋克典)が、ひきこもりの経験者に不登校生徒を支援させたいと、陽平に非常勤講師を依頼される。不登校生徒のための教室の運営に行き詰まる中、それは画期的なアイデアだった。

陽平は、自分には荷が重すぎると固辞するも、出会った不登校児・奈々(鈴木梨央)を生き別れた一人娘と重ね合わせて揺れる陽平だった。「ひきこもり仲間や母・美津子(白石加代子)らが後押しし、ついに、教壇に立つことを決意する。

元ひきこもりの陽平(佐藤二朗)が中学校の不登校クラスの先生になったことが話題になり新聞でも紹介される。
まだ学校に慣れない陽平は、ひきこもり仲間に叱咤(しった)激励される日々。

そんな中学校の花壇が何者かに荒らされる。それは生き物係の和斗をいじめているグループの仕業だった。
陽平は和斗を守ろうと不登校クラスに誘うが和斗はかつて同じクラスだった奈々と目が合った途端、教室を飛び出してしまう。(かつて和斗はいじめグループたちに強要されて奈々をいじめたことがあった)

いじめをする生徒が見つかるが、校長は見過ごすように指示する。
納得がいかない陽平は、いじめにあっている生徒に「無理して学校に来なくていい」と指導する。

 同級生にいじめられて登校するのが辛くなった生徒に陽平(佐藤二朗)が言った「無理して学校に来なくていい」という言葉が波紋を呼び、学校を休む生徒が続出。いじめゼロ、不登校ゼロを方針に掲げる榊校長(高橋克典)は、教育委員会の聞き取り調査を受ける陽平に「この学校にはいじめがない」と証言するように迫る。

生徒の将来のためと説得された陽平は、教育委員会にうそをついてしまい、それを苦に再び家にひきこもってしまう。

生徒たちは陽平の引きこもりを知り、祥子に事情を聴こうとするが、「先生たちの都合でで話せない」と言う。生徒は不満を露わにして、自分たちも学校に来るのが気持ち悪いと言い出す。

祥子は教室で真実を話すことにした。「陽平はいじめがないと嘘をついたため引きこもった」と。生徒たちは陽平の家の前に行き、大声で感謝と励ましの言葉を口々に叫ぶ。

陽平は翌日登校する。校長から「無理をしないでください」と言われると、「いえ、無理をします。学校を子供たちが安全なところにしたい。」と返す。

その後も、いじめが発覚することを恐れる榊校長(高橋克典)は陽平に圧力をかける。

詳細はこちらhttps://phity.net/hikikomori-drama-nhk-satojiro

というドラマです。

これも歪められた大人たちの社会に馴染めない、中学生と落伍者の烙印付き大人、という構図が織りなす弱者の自由を侵害し、一方的価値観を強要する同調圧力 による 被害者の一例です。

ドラマの最終回では主人公がこんなセリフを言っています。

「学校に行けなくなるのはなぜか、なぜ苦しくなったり、気持ち悪くなって吐いてしまったりするのか、なぜ引きこもってしまうのかわかったんです。嘘をつくと、心が苦しくなるんです。こころが苦しくて息ができなくなって、何にもできなくなって、学校へも行けなくなってしまうんです。僕は嘘を言わなくてもいい学校にしたいです。」

そう、嘘や駆け引きのために、不条理・理不尽が溢れる世の中が普通という常識がまかり通っているこれまでの常識が、多くのピュアーな人たちを傷つけてきました。

この記事を書いている最中にも、五輪に携わる、虐めの加害経験者が二人辞任したというニュースがありました。

彼らは虐めをそれほど大きな問題と捉えず、武勇伝のように語っていたということですが、弱者をいじることの痛快さを遊びと捉えているのでしょう。

一昔前には、お笑い芸人たちによる、いじり番組が各局で盛んでしたが、近頃は見られなくなりました。世の中のハラスメント風潮を恐れてのことでしょうか。

もう一つの例として、「トッケビ」を超えたと言われる高視聴率の人気韓流ドラマ『SKYキャッスル』を紹介したいと思います。

SKYキャッスルとは富裕層たちに限った住宅。
そこに住むと言う時点で上位数パーセントの富裕層として誇りを持っている親たち。

その子供たちには、目標もゴールも超難関大学合格が当然のように課せられる。

合格しさえすれば子供にはバラ色の人生が待っていて、自分は子育て成功者として輝かしい栄光を手に入れられると信じて疑わない親の物語。

競争の象徴であるピラミッドの大きなモニュメントを室内に設置し、子供の競争心を煽る父親は、メトロノームを使って問題を解かせていました。

Skyキャッスルの住人達がこの価値観を利用され残酷な最期に導かれる。

言い換えると、自分の欲に眩んだ言動で子供たちを苦しめる親が、どういう痛い目に合うかという結末を見せてくれるドラマです。

子どもたちに望む幸せという最も大切で普遍な願いも、幸せの中身を間違えるとこのようになるという警告と示してくれました。

先述したように、自分の生きてきた経験で積み上げられた価値観が正しいと判断した結果起こる悲劇を描いています。

親が勝手に描く子供の幸せという傲慢さが価値観強要を正当化し、壊れていく親や子供たち。その姿は決して他人ごとではなく、私たちに反省を促します。

更に、7月7日(水)の「ホンマでっか!?TV」(毎週水曜夜9:00-9:54、フジテレビ系)では、7つの質問で隠れた人間性を暴く「ホンマでっか!?Q7(キューセブン)」を放送。ゲストには、7月9日(金)公開予定の映画「東京リベンジャーズ」に出演する北村匠海、磯村勇斗、間宮祥太朗が登場する。
「思わずほれてしまう女性の言動は?」では、北村匠海は「IQの高い難しい話をする人」だと回答。

それでなくても日本人は考えることを嫌い、考えることを時間の無駄だから切り捨てたい人たちが多い。世の中の風潮も哲学させないような仕組みになっている中、23歳という若さで「難しい話をする人からは学べる」と語る北村匠海さん。どんな育ち方をしたのか?両親に逢ってみたい想いとともに、こんな若者が日本にいることを誇りに感じました。

パラダイムシフトが進むに従って、こんな若者たちが増えて来ると想像するだけで、希望に満ちた未来が楽しみになります。

これまでの古い価値観のすべての要因はピラミッド型社会を創り出した人間で、それに操られてしまった人間たちが、あたかも【生きること=苦しむこと】という方程式を創ってしまった。その刷り込みが、楽しむ事よりも苦しみを背負う価値観を定着させてきたのではないでしょうか。

逆に【生きること=楽しむこと】という価値観に目覚めた人たちが、競争や争いの土俵から出て、新たな地平を拓こうと動き始めたことで、パラダイム(時代の価値観)がシフトしつつあるということなのでしょう。
「今の若いものは!」なんて言ってるオジサンたちの常識が、ひっくり返る時代が近いのかもしれませんね。

 

 

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佐藤敬子 

暑さに負けぬようにお元気でいらして下さい。またお会いできる時を楽しみに。

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