『快三昧に生きる』 【22】

 

2020.11.2.

単一思考と‟コミュ力

性格が弱すぎる、声が小さい、雑談が小さい、怒らない。
こういった北村匠海の性格が、山本舞香は“普通じゃない”“おかしい”と訴えるわけです。
「大きな声で元気よく‼」が、「当たり前でしょ!」という思い込みがあることが観えてきませんか。
山本舞香は相当イラついているようで、「今日も元気そうだね」という北村にカチン!。 「お前のテンション上げるために元気そうにしてんだよ!」と。
また「プチンと行きそうなのに怒らない」という山本舞香に、生物学者池田氏から「自分が間違っているかもしれないじゃない?」と指摘され、「何言ってんの?」と理解不能な顔を。
コミニケーションに努力しているつもりの山本舞香、その自分の努力が届かない状況に相当ストレスを感じ、何とか他者に訴え、自分の正当性を証明したい。というところでしょう。それなのに逆に山本舞香への指摘が多いことに唖然としているようでした。
これは全て無意識に刻まれた行動基盤が起こすものです。

誰とでも仲良くする能力、誰にでも自分を受け入れられ、好かれる能力を、コミュ力として、大切な基本的社会適応力であると教えられ、空気読む、忖度、足並み横並びを強制されてきたように思います。
その代表が「大きな声で元気よく」につながっていたことを再発見しました。
昭和世代の教育による「単一思考」への偏向の名残が、まだまだこのような形で見られるのですが、これは現代の人間関係の典型的な形であるように思っています。
こうした価値観のズレを、気づいている人と気づいていない人の間では、どうやってもその溝を埋めることはできないでしょう。

「自分が正しい」を押し付けたくなったり、第三者に共感を求めたくなったりする場合、「単一思考」に陥っていることを認識した方が、「カチン!」や「プチン!」が減少され、今よりも楽しい日常になることと思います。
そんな人と出逢った時には、北村匠海の「やんわりスルー」の対応は最良ではないかと思います。

集中力

もう一つ、集中力が15分しか続かないという舞香さんの悩みについて、心理評論家 植木氏は「そのことを自覚できる人は自己モニタリングが明確」と言う。
と、いうことは舞香さんが偏向的思い込みに気づく可能性も大きいということ。やはり新世代の人には、生まれつきの俯瞰能力が備わっているのかもしれなません。
大いに期待したいと思う。

さて、集中力について、4時間も5時間も読書に集中できる人があると言う植木氏、かく言う私もその一人です。
その理由を植木先生は明らかにしてくれました。
「前のめりになってツッコミを入れて、人の話を批判的に聞く」という姿勢にあるそうです。考えてみると、いちいち言葉を逃さず、心中で「そうだ!その通り」とか「やっぱりそうだよね!」とか「なるほどそうきたか!」などと言うようにツッコんでいるかもしれません。

ということは、「話を他人事、と思うと集中力は切れやすい」納得です。

補完するなら、自分が“面白そう”と思うものについては、前のめりになり、時間を忘れるほど楽しいから集中していられるのです。
時には食事をすることすら忘れてしまうくらい集中する経験をしている人も多いことと思います。

「楽しむ!」を知れば、じっくり観察したり、考えを巡らし、工夫や閃きは無理なくついてきます。それこそが集中力と言えるのではないでしょうか。
敢えて努力を指向しなくても、結果的には努力したことになります。

DISHUのメンバーたちは、そんな生き方を共有できる仲間なのかもしれません。そんな仲間に出会えて北村匠海しあわせですね。

後悔先に立たず
彼のように、「楽しいこと」に向かう生き方が習慣になっていると、「後悔」が少なくなります。
「あの時あーすべきだったのでは?」とか「もっとこうすれば良かった」「どうすればよかったんだろう」とか言うことが少なくなり「失敗」を引きずりません。
「失敗」も経験の一つとして学習ファクトになるからです。
全てを肯定的に考えられるようになると、「後悔」しないということです。

過去を振り向くことなく、未来に向かってひたすら前進する。それがモチベーションになるのです。

見方によっては、傲慢に見えるかもしれません。
そう思われたら、この思考はフィットしていないので、これまでの自分のやり方を続けてください。

この思考は、「俯瞰」が基盤になっています。
自分は一言で言うとどんな世界で生きたいのか?これだけは絶対に「譲れないモノ」は何か?
という自分が想像する明確な本気のビジョンです。
常に自分にフィットしたビジョンを無意識に焼き付け、「楽しい方向」「面白い方向」を探りながら学習し、「楽しむ人生」を本気で構築することが目的です。。

後悔はその足を引っ張る要因となり、ストレスの源になります。
後悔がないということはストレスが無く、常に「楽しい」「面白い」の連続の生活を続けられるということとなります。

これまでの常識に捕らわれることなく、「俯瞰」し「統覚」することができれば、自己の望む未来に邪魔になる思い込み(常識、慣習)が見つかるでしょう。
それが自分の物差しとは違うことに気づいたときから修正に向かいます。
あとは、具体的に自分だけの物差しづくりを本気で創り上げることです。
自分流義の世界を創る物差し、それが一番自分にフィットし、抵抗なく行動できるはずです。

それに従って行動することを習慣づけることで、無意識には「楽しむために?」という視点が備わり、無意識内の邪魔な思い込み、習慣は消去され、居心地よい物差しと入れ替わっているでしょう。
これが受動意識仮説ではないかと考えます。

後悔は出口❓そこをくぐると、どこでもドア・・・ 

「無意識が顕す等身大」

後悔が生まれる背景に、身の丈以上の自分を想定している、ということがあります。
何度も繰り返すように、無意識が意識をコントロールしている、つまり無意識が自分の行動を決定付けているということは、その無意識に刻まれた価値観、信念、思い込みこそが「等身大(身の丈)の自分」であると言えます。
どのような行動も、その無意識の反射的発動が源となって、その時その時、瞬間瞬間を紡ぐのですから、精度の高いAIシステムが内蔵されているようなものです。
無意識の信念は、AIへの正解を導くシステムプログラムと言ってよいでしょう。
その自分を動かすシステムプログラムが、等身大の自分ですから、それが行った行動に対して「後悔」は筋違いというものです。
いくら後悔して、次からはもっとこうしよう、ああしようと思っても、自動的に無意識の癖が織りなす行動に抗うことは、些細なことすら、大きなエネルギー(努力)を要します。ストレスが大きいということです。
誰かの反応がいつも、こう言うと、こう反発する、だから気を使って、こういう言葉で、こういう態度を心がけよう、とマニュアルに従って意識的に演技をしたとして、それはあくまでも等身大ではなく、演技をする自分なので、いつまでも同じようには続きません。自分の方が「あ~*メンドクサイ‼」となるでしょう。
又は、そのように相手に合わせている「努力を解ってほしい!」となります。

それは、我慢に圧力をかけるようなやり方なので、いつかは爆発することになるでしょう。
例え努力の成果が表れるとしても、そのような方法で無意識の信念、思い込みは部分的には書き換えられたとしても基幹構造までには至らず、一部修正によって、統合的ネットワークが切断され、却ってシステム上の分裂を起こす結果となり、統合的動作に異常を起こすことにもなりかねません。(統合失調症)

上辺だけ繕うやり方では、却ってストレスは溜まるだけということです。
健康のためにも、ストレスを溜めるやり方はお勧めできません。
もし、自分にとって納得できない行動が度々発生してしまい、後悔ばかりするとしたら、無意識のシステムプログラムを書き換える必要があるということです。

つまり、信念や思い込みが本来「自分の物差し」ではなく、どこかからコピペした「他者の物差し」を借りた、非オリジナルの偽造システムなのかもしれませんよ。
殆どの場合、そのことに気づく人は皆無と言っていいかもしれません。

同じコマーシャルを何度も聞くうちに、無意識で口ずさんでいた、という経験はありませんか。
そんな風に、知らないうちに無抵抗のまま記憶に刻まれ、無意識に固定されてしまったということは多く、それを敢えて意識することはまずない、ということです。

そんな無意識にコントロールされている自分に不服があって、そのために、「等身大以上の自分」という妄想が生まれ、妄想と実際の自分との差が生じることで、後悔という念が発生する、とそのように考えています。
この考えを裏付けるエビデンスはまだありませんが、この考えの手前にある「無意識の偏向」については明らかになっているようです。
脳科学、生物学、心理学の専門分野での研究を更に速めていただきたいと思います。

アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)という概念があります

アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)とは
・自分自身が気づかずに持つ偏った見方・考え方
・客観的な根拠なしに人や集団を判断すること

英語では、unconscious bias、implicit bias、hidden bias
日本語では、無意識の偏見、アンコンシャス・バイアス、また無意識バイアスと呼ばれています。

一般的に人は、自分には良識があり客観的に物事を判断できるので、「偏見(バイアス)を持っていない」と思っています。しかし、脳科学の進展により、人間はみな偏見を持っていることがわかりました。

1.人間はみな偏見(バイアス)を持っている
2.アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が、意思決定や評価にゆがみを与え、他にもさまざまなネガティブな影響を職場にもたらしている
【組織への影響】意思決定、採用、評価、昇進、仕事のアサイメント、などの人材マネジメント
【個人への影響】日常的に取るささいな言動となって現れ、職場の人間関係やパフォーマンスを悪化3.アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)の影響は抑えることができる

私達はつねに瞬間的に事実やデータに基づかず、人や集団を判断します。
偏見(バイアス)自体は悪くないのですが、十分な根拠なしに行うため、正しくないことが多々あります。そのため、偏見はさまざま場面での意思決定にゆがみを与え、まちがった判断に導いてしまうのです。

アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が、意思決定や評価にゆがみを与え、他にもさまざまなネガティブな影響を職場にもたらしている
【組織への影響】意思決定、採用、評価、昇進、仕事のアサイメント、などの人材マネジメント
【個人への影響】日常的に取るささいな言動となって現れ、職場の人間関係やパフォーマンスを悪化

アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)の影響は抑えることができる

ダイバーシティを前進させるには、多様な状況でもたらされるアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)の影響を削減することが不可欠ですが、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を完全になくすことはできません。良いニュースは、偏見の影響を乗り越えることはできるのです。

個人ができること
自分が偏見を持っていることを認めること
無意識の偏見についての正しい知識を身につけ、意識を高めること
意識して適切な行動を取ること

アンコンシャスバイアス

ヘンリー王子、メーガン妃に気づかされた「無意識の偏見」

「僕の理解では、僕のような育ち方や教育を受けた者は、無意識の偏見というのがどういうものか、まったくわからなかった。そういうものが存在することすら知らなかった。悲しいことに、認識するのに長い時間がかかった。特に妻の立場になって過ごしてみるまでは」

ヘンリー王子はさらに、メーガン妃と息子アーチーと共にアメリカが人種差別の報いを受けている最中に引っ越したことは、より公平な社会を求める窮状を理解するのに役立ったと続けた。 「最も危険なのは政治にせよメディアにせよ権力を持つ人々で、自分が偏見を持っていることに気づかなかったり、自分がいるシステムの中にあるカルチャーを意識しなかったりしたら、どうやって進歩していける? どうやってより公正な社会に辿り着けるんだろう? ゼロ・サム・ゲームじゃないよね? 黒人コミュニティが正当に扱われればみんなにメリットがあるんだ」とヘンリー王子。 中略
本当の変化を起こすのは一人一人の力にかかっていて、それに抵抗する人は、自分自身を鏡に写してじっくり見る必要がある。なぜなら、これは黒人vs白人の問題じゃない。あなたがまさに指摘した通り、2020年の今、あらゆる人種や背景、宗教、年代の人々がデモをしている。これはグローバルなムーブメントなんだ」とヘンリー王子。

  Yahooニュース

後悔はその意味では、望まない自分の出口と言えるのでは?後悔したときがチャンスなのかもしれませんよ。

ただ、これまでは気づく人がいなかったかもしれませんが、これを読んだ方が、「そうかもしれない」と思った時から、その出口から出ようと言う想いとイメージを持ち、自分を観察しはじめ、無意識に刻まれた信念、思い込みを探し当てることができるかもしれません。その時点から、「これは違う」「こちらを信じたい」という望む自分の入り口ができます。
そうやって、少々時間はかかりますが、入れ替え、書き換えは可能となることを信じています。

認識が変われば、世界が変わり、世界が変わればシステムも変わるです。
「認識」には、「物事・事象の本質が何であるのかを知る意識の基本的なはたらき」
という意味を持ちますが、認識が変わって主観に影響を及ぼすまでになると、それまでの主観とは異なる主観が生まれる可能性がるということです。その主観の変化が自分を動かすシステムの変化につながるということです。
「快三昧に生きる」【13】で「認識が変われば世界が変わる」について述べています。

的が決まらないまま、やみくもに矢を放っても骨折り損のくたびれ儲けになるだけ。
的は「自分の行き着くところ」「自分好みの世界」です。借りてきた世界観のままでは、自分の世界は構築できません。
そのことを、よくよく考え「自分の世界」(オリジナル世界観)=自分の物差しを創るための努力の方がし甲斐があるのではないでしょうか。

「快三昧に生きる」【21】

「快三昧に生きる」【23】

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