『快三昧に生きる』 【14】

2020.9.7

低燃費・高満足(脱消費)型

こうしてみると、コロナ禍に起因する以前から、モノ離れの傾向はあったことが解ります。そこに拍車がかかったということのようです。

欲望と言う名のアクセルを踏みっぱなしていた人々が、不安(コロナ禍)と言う名のブレーキによって、脱消費の動きに向かったのでしょう。そんな時にまた税金の値上げを考えている政府のようですが、低所得者程その打撃は大きく、ますます格差を広げようということなのでしょうか。

「ミスライムのカタコンペ」の主人公の名は“イヴリー”といい、ユダヤ人を意味する古語で、カバラでは人の中にある彼岸に属するものを指すとエンデは語っています。声の主、長の名は“ベヒモート”といい、ヨブ記にもみられる、彼岸に属するイヴリーと敵対するする語とされています。

何だか、国を操る人々がベヒモートと重なって見えるのは私だけでしょうか。そして国民は操られる「影の民」なのか?イヴリーのような耐性のある存在が現れたとしても、多分この物語のように消されるか、追放されるでしょうね。新しいタイプの期待できそうな新人が現れても、いつの間にか「声」の主、ベヒモートになってしまうのはなぜなのでしょうか?また、脱線してしまいました。

話を戻します。
若者たちが、車という、それまでのステイタスシンボルを捨てました。ブランド離れも同様です。そして恋愛に興味を失い「モテたい」意識が減少しているということは、「認められたい」意識が消失し、自分の居心地よさを追求していることが透けて見えてきます。

これまで、「同調」という圧力下でしか生きられなかった人々に追従したくない!という感覚が芽生えたのでしょうか?先輩の大人たちが幸せに見えなかったのは確かなようです。
大人たちに追従しない=大人たちに認められなくていい。と言う図式ですね。
そこから始まったのかもしれません。認められなくていいから、恋愛も面倒臭い。
結婚は更に面倒!そしてお酒を飲む席に参加しない、自分の世界に腰を下ろしているから、憂さ晴らしは必要ない。なのでお酒も旅行も必要ないということが「○○離れ調査」から明らかになりました。

「認められなくていい」もしかしたら認知革命に値するかもしれません。
「人に認められてこそ一人前」という常識で育った私ですが、「認められなくていい」は、箍(たが)を外されたたような感覚で、自由そのものです。

また、「一人前」という言葉は、箍(たが)を外されたことによって、影が薄くなり、どうでもいい目標になってしまいました。

「一人前」と認めるのは、親であり、親戚を始めとする世間全般です。その相手を意識しなくてよいのですから、こんなに楽なことはありません。だからと言って法を犯すわけでもなく、迷惑を掛けさえしなければ自分の人生、想うように生きればいいじゃないですか。
そう考え始めると、「怒り」の原因にも、「認められない」ことへの反発や、「解ってもらえない」へのイラつきなどが関わっているということも見えてきました。
「認められたい」や「解ってもらいたい」という承認欲求こそが、心を乱す一番の源のようです。

承認欲求=認められたい、はアブラハム・マズローが提唱した、人間の基本的欲求を低次から、生理的欲求 (physiological need) 、安全の欲求 (safety need) 、所属と愛の欲求 (social need/love and belonging) 、承認の欲求 (esteem) 、自己実現の欲求 (self actualization) の5段階に分類した。このことから「階層説」とも呼ばれる[3]

また、「生理的欲求」から「承認の欲求」までの4階層に動機付けられた欲求を「欠乏欲求」 (deficiency needs) とする。生理的欲求を除き、これらの欲求が満たされないとき、人は不安や緊張を感じる。

承認欲求 ウィキペディア

つまり「承認欲求」は人間の基本的欲求、すなわち誰もが必ず持って入る欲求、とされていますが、この理論を覆すような現象が、現実に起きているということです。

欠乏に動機づけられた、承認、所属、安全の欲求は「○○離れ」の若者たちには該当せず、彼らの自己世界確立と充足が、それらを無用化していることを示しています。

心理学の常識もどんどん変わっていっています。
「アドラー心理学」は他者承認欲求がない人の方が、自由で幸せに生きられる、という説です。
SNSのフォロワーがたくさんいて、「いいね」がいっぱいつくような状態でないと不安であるような状況を指して「承認欲求の奴隷となっている」と、アドラー心理学では表現されています。

最近ではFacebookに、アレルギー反応を起こす若い世代が多く、Facebook から離れていると言います。
「いいでしょ、いいでしょ!」とか「ドンナモンダイ‼」というような、いわゆるインスタ映えを狙った投稿は、「いいね」目当てです。時にはあからさまに「いいね」を要求する人もいます。
「いいね」のお返し目当てで、内容を読まないで「いいね」する人も多く、そういったソーシャルプレッシャー(「いいね」のお返しをしなきゃいけないという)を面倒がっているようです。
どこにでも、同調圧力が働くんですね。

この承認欲求を私は「認められたい症候群」と名付け、一種のシンドロームに位置付けています。

このような「認められたい」意識が、若者たちから薄れ始めている現象は、真の人間性の開花ではないかと感じています。

他者承認欲求がいらない、ということはとりもなおさず「モテたい」の執着が消えます。恋愛や結婚への憧れも消え、自分の世界を着々と築き、その中で心地よい生活を満喫する若者が増えているということです。
若者“バンザイ”と言いたいです。

この生活は、まさしく「低燃費・高満足」という家電や、マシンの目標に近づきつつあるということです。人間はそういう点では、「高燃費、低満足」の一番効率の悪い存在だったようです。今頃やっと効率の良い満足化に舵を切り替え始めたというわけです。

これまでの文化は、コミュニケーション力が、社会人の重要な能力の一つとされていました。それがコミュ力と呼ばれ、現在に至ってもなおコミュ力の欠如は、障害視されているのです。これも同調圧力の一つです。

ところがこのコミュ力、若者とオジサンで中身が異なることを知りました。
オジサンのコミュ力欠如とは、敬意がない、礼儀がない、年上の意見に反論したり簡単に断る、素直じゃない、協調性(同調性)がない。
そして若者たちにとってのコミュ力欠如とは、超短気、キレる、思考の柔軟性がない、DQN。(オジサン全般の特徴?)
DQN「ドキュン」とは、知性が低そうで、軽率そうな人、非常識な行動をする人、教養がなく品位がない人を侮辱的に表すときに用いるネットスラングです。DQNな人は、基本的に目立ちたがり屋が多いということです。まさしく「認められたい症候群」の典型を表しています。

そして広告業界でも「マーケティング」という自らの良さをアピールする「見て見て!」「ドンナモンダイ‼」形式から、「ブランディング」という、相手に評価を委ねる形式へも視点を向けるようになってきています。
ひたすら自らをブランド化(ステレオタイプに収まらない)することにエネルギーを傾けることは、若者たちの特権です。時代はそちらに舵を切っているということを示しているのではないでしょうか。

「コミュ力」と「共感力」は別物

斎藤 そもそも、発達障害の人は「コミュ力が低い」と言われがちですが、この概念もきちんと考え直すべきだと思います。いま、子どもたちの世界でコミュ力と言うと「空気を読んで、人をいじって、笑いを取れる」ことを意味しています。つまり、お笑い芸人がロールモデルになっている。
注意しなくてはいけないのは、コミュ力が高いことは、必ずしも共感力が高いことを意味しないんです。スクールカーストを研究している鈴木翔さん(社会学者)は「カースト上位者は共感力が低い」と論文に書いていますね(※2)。なぜなら共感力が高い人は弱者にも共感するので、「いじって笑い者にする」ことはできなくなるんです。
そういう躊躇がない人が、徹底的に他人をいじり続けて笑いをとり、カースト最上位に君臨するのはわかりやすい。つまり彼らはコミュ力は高いけど、共感力は低い。

  考える人

と「ひきこもり」を専門とする精神科医・斎藤環さん(筑波大学医学医療系社会精神
保健学教授)は語っています。

これまで必要とされた表面的コミュニケーションは若者たちには無用で、必要最小限に止め、自己の充実に向けた意味あるコミュニケーションへとエネルギーを費やす、という方向なのです。

結婚や恋愛への考え方も、全く拒否しているのではなく「とにかく、くっつきたい」という肉欲的からではなく、むしろそういった欲求は少なく、居心地よさ、共感できて話が合う、気を使わなくていい相手、をじっくり確かめた上で考える、と言うように変化しているのです。名ばかりの表面的友人を減らし、実のある会話、コミュニケーションで、お互い高め合い、尊敬できる相手選びをしたいということでしょう。

そもそも「肉欲」は、「承認欲求」が満たされないことへの代用として派生すると考えます。そういう意味では「過度な食欲」「物欲」「ステイタス欲」にも通じ、そのことを若者たちの「○○離れ」という現象が物語っているのでしょう。

最近の日本人の多くは、「愛」という感情が薄れ、恋愛も結婚も打算的が当たり前になっています。
「愛する」「愛おしい」という感情はそれだけで、幸せ感に充たされます。
「愛する」を言い換えると「分かち合う悦び」「幸せであってほしいと願う心」のように思います。それはモノよりも“温もり”にあります。
そのような「愛」は決して刹那的ではなく、永続的に続き、また「愛」を知ることで、特定な相手だけではなく、人間愛にまで発展します。すべての人が幸せであってほしい、となります。恋愛や結婚は「愛」を知る入口ではないかと思っています。

ですから承認欲求は「愛」とは対極にあるもので、「与えて!」が中心です。与えてくれたから相手してあげる。だから「もっと、もっと」なのです。これではどこまで行っても満足することはありません。愛することよりも愛されることを目的とした承認欲求の虜です。そんな人たちが多いことが観えるから、恋愛も結婚もいらない、ということにもなっているのかもしれません。「承認欲求」は人間にとって不必要な欲求であることが解ります。

これまで、私たちが教えられてきた「認められてナンボ」の世界観がひっくり返され、上司(年長者・権力者)に隷従し、忖度しまくり、世間からの承認にビクついているおじさんたちの社会(コミュニティー)は、置いてけぼりを喰らうということになりそうですね。

「密」の東京脱出、地方へ移住 テレワークが後押し 東京6月初の人口減
新型コロナウイルスの感染が広がる中、人が密集する東京で生活することに危険を感じ、地方に移住する人も出始めている。インターネットを通じた仕事に慣れているIT業界などでは、コロナが収束しても出社しなくて良い「リモートワーク」を続けると宣言する社もある。「仕事の効率上がった」

 東京新聞

「コロナ禍が東京一極集中を変える歴史的転換点になる可能性がある」とみる専門家もいる。

東京新聞

 コロナ禍の影響で、東京から地方へ移住する人たちが増えています。そして「集まる」ことが少なくなってくると、「空気読む」必要性もなくなります。また「見て見て!」や「ドンナモンダイ‼」という「見せびらかし(ひけらかし)」が要らなくなるでしょう。見せられた方は当然「褒め言葉」が必要です。見せられる方が、それほど「スゴイ」と思ってなくてもお世辞を言う必要に迫られます。

そういう面倒なコミュケーションを若者たちは「ごめん被る」という姿勢なのです。

私のような老人ですら、考えただけでも「楽」になります。

10年もすると、そんなコミュケーションシステムが普通になって、それまでの「見て見て!」と褒め言葉を欲しがる人たちは「ドンナモンダイ族」などと呼ばれ、揶揄されるようになるかもしれません。

つまり、私たちのこの現代は、本当に心からリスペクトすることが少なく、お互いの「褒め合い」で繋がっていると言っても過言ではないでしょう。
日本人は特に「褒め合い」こそが人間関係を良くし、逆に褒めてあげないと人間関係が損なわれると、深く信じているようなのです。そのため、本当の「リスペクト」が明確に見えなくなり、信頼関係という絆も「愛」という結びつきもなくなってしまい、利用価値があるかないかという打算に走るようになったのではないでしょうか。
そうだとすれば、子供たちがそんな大人社会に参入したいとは思わなくなるのも当然のことです。

コロナ禍はそういった、負の現象を見直し、新たな地平を開く、良いきっかけになっているのかもしれません。

そしてそれを担うのが「ミレニアル世代」であり、そのあとに続く「ジェネレーションZ」と呼ばれる世代にかかっています。

ミレニアル世代の特徴を、以下の項目に分けて紹介する。

  • デジタルネイティブ
  • 興味や価値観
  • ライフスタイル
  • 働き方や仕事観
  • ファッション

デジタルネイティブ

ミレニアル世代の最大の特徴は、デジタルネイティブであることだ。

デジタルネイティブの世代は、インターネットをツールとしてではなく、ライフラインとして接してる。そのため、コミュニケーションの取り方や価値観がこれまでの世代とは異なる。

デジタルネイティブの特徴としては、インターネットを通じて人と知り合う、対面のコミュニケーションが苦手、まずはインターネットで検索する、の3つが挙げられる。

デジタルネイティヴではない世代からすると、インターネットを通じて人と知り合うのは、知らない人と出会うため、危険と感じる人も多い。

だが、ミレニアル世代はインターネットを通じて結婚をする人も増えるなど、インターネットを通じて人と出会うことに抵抗がない。むしろ、事前に人の内面を知れるため、ネットで知り合うことをメリットだとも感じている。

SNSやチャットでのやり取りを中心にしているため、対面のコミュニケーションが苦手だと感じる人が多いのも特徴。

自分自身のペースを大切にするため、自分の時間を奪われる対面や電話でのコミュニケーションよりも、自分の都合に合わせやすいチャットなどのツールでのコミュニケーションを得意としている。

また、何かをする際にまずはインターネットを活用して情報を検索するのもミレニアル世代の特徴。インターネットでは必要な情報を瞬時に得ることができる。人に質問するよりも、インターネットを活用して情報収集するのに長けているのだ。

興味や価値観について

ミレニアル世代はこれまでの世代と違い、ブランド品やマイカー、マイホームなどのモノにお金を費やすよりも、イベントに参加するなどの ”体験” にお金を使用する。SNSなどのオンラインコミュニティでの共感をより重視するようになったからだ。

これまでの世代と比べて、収入が減ったことも挙げられるが、それ以上に価値観の変化が大きく影響している。

また、ミレニアル世代は、ネットを通して様々な人とコミュニケーションを行っているため、ダイバーシティを受け入れる価値観が広まっている。

人と価値観が異なることを当然と捉え、自分の個性をより大切にしている。

ライフスタイルについて

ミレニアル世代のライフスタイルは、シェアリングエコノミーの文化が浸透している。マイカーやマイホームではなく、カーシェアリングやシェアハウスなどを利用するのが多いのも特徴だ。

シェアリングエコノミーの文化が浸透している理由として、ミレニアル世代がミニマリズムを意識していることが挙げられる。ミニマリズムとは、もともと美術の分野で発達した概念で、完成度を追求するために必要最小限まで省略する表現スタイルだ。所有物を減らして浮いたお金をその分、自分たちが興味のあることなどにお金を費やす。

また、ミレニアル世代は、恋愛や結婚に対しても以前の世代より多様な価値観を持っている。LGBTなどの価値観を受け入れることと合わせて、個人主義が浸透しており、異性との恋愛や結婚に価値をあまり感じていない傾向にある。

他にも、ミレニアル世代は、ソーシャルグットに関心を抱く人が多い。ソーシャルグットとは、地球環境や地域コミュニティなどの社会に対し、良いインパクトを与えられる活動やサービスのことを指す。

ミレニアル世代は、モノあまりと呼ばれる時代に育ち、これまでの大量生産大量消費の価値観とは違う価値観を持っているため、よりストーリー性やソーシャルグットを重要視するようになっている。

働き方や仕事観について

ミレニアル世代の働き方や仕事観の特徴は、以下のようなものがある。

  • プライベートも重視する
  • 転職活動に対して抵抗がない
  • 働き方に柔軟性を求める
  • 起業やフリーランスなどの独立意識が高い

ミレニアル世代は前述したように個人主義であるため、プライベートをより重視する。

バブルの頃のようなプライベートを犠牲にしてまで働くような猛烈社員は少なく、残業をして給料を増やすよりも、自分の自由な時間を重視している。

また、バブル崩壊やリーマンショックの影響もあり、終身雇用をあてにしていないため、転職活動に対してあまり抵抗がないのも特徴。今の会社にいて自分の成長が見込めなくなった場合や、会社の方向性と自分の方向性が違うと感じた場合に転職という選択肢を選ぶ。

個人主義であるミレニアル世代は、会社に対して働き方の柔軟性を求める。

理由としては、満員電車や真夏にもかかわらずスーツ着用など、無意味なモノを嫌うからだ。そのため、リモートワークやフレックスタイム制などの勤務形態を希望する人が多い。

働き方の自由を求める結果として、起業やフリーランスなどの独立意識が高いのもミレニアル世代の特徴。

インターネットの普及によって、ノマドワーカーなどの新たな働き方もSNSなどを通じて浸透してきており、憧れている人が多くなっている。

ファッションについて

ミレニアル世代のファッションへの価値観が少し変化してきている。

ミレニアル世代はこれまで、安価でデザイン性の高いファストファッションを好んで着用していたのだが、製造工場での劣悪な労働環境や使用されている素材が河川や海を汚染する要因になっているなど、環境や社会にマイナスな影響を与えていることが明らかになった。

そのような中で、ソーシャルグットに敏感なミレニアル世代の中で、ファストファッション離れが進んでおりオーガニックな素材を使用したブランドが登場するなど、新たな動きが出ている。

ミレニアル世代の特徴とは。世代の違いや接し方を解説

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