『快三昧に生きる』 【8】

2020.7.27

日常的によく耳にする「しがらみ(柵)」という日本独特の概念があります。
「他律・追従」(迎合主義)こそ「しがらみ」を生む原因です。
漢字で書くと「柵」と書くように。川の流れを堰き止める柵のこと。

「しがらむ」は、からみつける、まといつける、からませるといった意味である。 これが、名詞となって、水流をせき止めるために川の中に杭(くい)を打ち並べ、その両側から柴(しば)や竹などをからみつけたものをいうようになる

JapanKnowleg

このところの各地の悲惨なゲリラ豪雨災害でも思い知らされたように、どこかで堰き止めれば、どこかが決壊します。川を堰き止めるように、人生のスムースな流れを堰き止めるのが「しがらみ」です。「しがらみ」は一時的な堰き止めから決壊を招く因子といえるでしょう。

しかしながら、日本人は人間関係での「しがらみ(柵)」をつくりやすく、その「しがらみ」に絡みつかれ、纏いつかれることをあまり拒否しません。

でも「しがらみ」のために足を引っ張られ、意のままにならないジレンマは多く、問題にできないほど一般的な事象です。これが日本の「仕方ない文化」を定着し、二言目には「仕方ない」と言うようになりました。誰もがこの問題は「仕方ない」で片づけてしまいます。そしてストレスを溜め込む。「自律・自尊」の生き方からは、理解できない慣習です。

池上彰氏が、国連の調査で、世界の幸福度ランキング1位(3年連続)のフィンランドについて「日本とよく似た国」として紹介していました。
私は「逆でしょ!」と思いながら、よく似た国ならなぜ日本のランキングがあまりにも低い58位なの?と言いたくなりました。
フィンランドは、そのような「仕方ない文化とは正反対の国」

フィンランドの小学校教育では、「楽しく生きるには?」を教えるそうです。そのためか子供の幸福度も世界1位ということです。教師自体も楽しそうに教えていると言います。

余談ですが、若くしてうつ病で長い休職の末、癌にかかって57歳の若さで逝ってしまった熱血教師の知人がいました。彼は日和見主義や迎合主義を嫌い、付和雷同などとは全く縁のない不器用な人でした、校内での同調圧力によるストレスが大きな原因と見られます、ただ同じ教師をしていた奥様は逆に誰にでも、愛想よく接する処世術に長けた方でした。またそのことが本人にとっても自身の存在意義になっていたようです。彼の死後、そのような夫婦はどのように温もり合っていたのか?という疑問が湧いたことがあります。当人に深く触れることはありませんでしたが、亡くなった彼は、時々そんな奥様のことを「誰にでも合わせられる人だから」といっていました。全く両極の生き方の二人は、そのことによって互いに惹かれ合うことになったでしょうが、長い結婚生活の間それは維持できていたのか?私としては疑問を残すところです。もし、お互いがお互いの生き方を深層で否定し合っていたとしたら、と考えると・・・・・恋人同士の頃、彼女は30歳を目前にして、早く子供が欲しいと結婚を焦っていたことを思い出します。亡くなった彼はバツイチだったことも、結ばれるキッカケになったのでしょう。残念でなりません。
今後人工知能が高性能になったとき、マッチングプログラムは、この二人をマッチングさせるだろうか?多分否だろうと思ってしまいます。
フィンランドの人なら?とも考えてしまいました。
また脱線してしまいました。

フィンランドではこのように、早くから個々それぞれが自律・自尊の精神を養うことにより、それが国全体に最適化をもたらしたのではないかと、私は理解しています。それを裏付けるように、一人でいることに抵抗なくステイホームが  できた。また日常的にディスタントは当たり前で、他のヨーロッパ諸国のようにやたら、ハグしたり、キスしたりすることがないということです。そのせいか街中でバス停でも3メートル以上離れてバス待ちをしている様子が映っていました。これはコロナ禍以前の写真だそうです。

 選挙権を得るまでに、自分の権利と義務を知り、批判的に考え、何ができてどう参加するのかを教えるのは日本にも必要だと思う。
「自由」とか「あなた自身で」というフレーズが苦手な日本人には真似できない

#岩竹美加子 #フィンランドの教育はなぜ世界一なのか

このあたりに「しがらみ」をつくらない理由があるようですね。

色んな生き方があるけど、その生き方って、もしかしたら、国の制度、システムによって既定路線が決められているんじゃないかと思った。 ある意味、日本の教育制度も、社会保障も、何もかも、「自由な生き方」を許さないものなんだな。 大多数が賛成する「価値観」の中で生きなければならない。 オールを持たない船のように、決まった流れに乗って、決まった方向に、みんなで進む。 自分でオールを持ちたい。 自分で行きたいところに行きたい。 それをしにくくしているのは、日本だったんだ。

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全く同感です。

「縦の糸、横の糸・・・面白い考え方だぁ。こんな発想俺達にはない。」と言っていました。確かにこの歌詞を説明してもなかなか理解しにくいのかも…
「アジアの考え方って根本的に全然違うよね。だからすごく面白い。

日本語を勉強するまで、話してる相手の歳とか、自分との関係を考えることなんてなかった。
ヒエラルキー(階級)に当てはめて考えたことなかった。
フィンランド語は、すごくフラットな言葉で、敬語とかないし、上司も名前で呼びすてで、話し方も別に変えない。
けど、日本語や韓国語だと、年上を敬う必要があって、話し方を変えないといけない。
日本語をどんどん勉強していってふと気づいたら、周りの人をヒエラルキー(階級)に入れながら話している自分にびっくりした」と言っていました。

#岩竹美加子 #フィンランドの教育はなぜ世界一なのか

 

フィンランド語は彼Heも彼女SheもどちらもHänという同じ言葉で、世界で初めて女性大統領が就任した国でもあり、職業の性差がないよう男女平等に小さい頃から教育されています。
ヒエラルキーと聞くと強烈でしたが、日本は縦社会だから、フィンランド人からみたらそう感じるのは無理はないなと思いました。

 北欧フィンランドの暮らし

 

私は、1年アメリカに留学していたことがありますが、その時は、「I think~」私はどう考えるか自分の意見を言い続ける環境で、すごく自我が出てきたように感じました。
日本語は主語がなくても成立しますし、自分の意見よりも周りの意見が尊重される文化です。
でも、英語だと自分の主張が大事。
英語を話していると、自分がより確立されていくような感覚になったのを覚えています。
これは日本語を話している時にはなかった感覚でした。
言語と文化は密接な関係にあるとは言いますが、違う言語を話していて、自分の考え方や感じ方がその文化に影響され、変化しているというのは、すごく面白くて不思議なことだなと思いました。

そして、こういう何気無い会話からフィンランドのこと日本のことを再認識できてよかったです^^

北欧フィンランドの暮らし

こうして海外から日本を観ると、日本のヒエラルキー・他律文化が見えてきます。
私自身も海外へ出て始めて日本の構造様式が見えてきました。
日本語自体(韓国語も同様)、ヒエラルキー意識がないと話せないデスネ。

フィンランドではレストランの種類が少ない ケーキ屋とかパン屋とかがないレストランの種類が日本に比べてだいぶ少ないです。
日本は和食だけでもたくさんあるし、他国の料理も豊富です。
フィンランドはそんなに選択肢がないんですよね、

北欧フィンランドの暮らし

これは、家庭でパンを焼き、ケーキを作り、料理する習慣からでしょう。コロナ禍でのステイホームが日本ほど珍しいことではなく、日頃からの、家で家族と過ごすことを大切にする習慣なのではないでしょうか。だから外食はや店屋物は必要ない。需要がないから店舗も少ない、ということでしょう。
それと外食や店買いは、ストレス解消にも役立っていますが、ストレスのない国(又は少ない?)では、解消する手段も要らない、ということでしょうか。

またフィンランドには「SISU(シス)」という独特の哲学があります。世界中が注目し、話題を呼んでいる「SISU」は、他の言語で訳しきれないために諸説あって、不屈の精神とか根性、ガッツなどと日本人に似た意識のように理解している場合もありますが、こんな記事から・・・

「SISU(シス)」を人生で生かすコツ
このような幅広い考え方や姿勢は、これが「SISU(シス)」だというようなわかりやすいチェックリストはありませんが、人生のほぼすべての局面で活用できます。
しかし、Nylund氏は著書全体を通して、障害を乗り越える強さや行動ができるようになる、「SISU(シス)」を元にしたTIPSを紹介しています。

例えば、「充電に役立つTIPSトップ3」は以下の通りです。

  1. 完全に連絡を断つ
  2. 静寂を受け入れる
  3. 一人の時間を取る

また、「自然に立ち帰るTIPSトップ3」もあります。

  1. 謙虚に考える
  2. コツを考える
  3. 準備を考える

失敗や間違いを学習の機会や成長するチャンスとして考えるのは、「SISU(シス)」の考え方の大事な一部です。しかし、同時にこの回復力と誠実さの組み合わせには別の一面もあります。

フィンランドの哲学「SISU」とは何か?

これから推察すると『徹底的「自律・自尊」の精神』の事のように想えてなりません。

また、「SISU」を紹介した著書『SISU』カトヤ・パンツァル著、柳沢はるか訳では、あとがきにこのように書かれています。

「シス」とは何なのでしょうか。
それは、フィンランドの人々に古くから受け継がれる特別な精神力、いわば、「フィンランド魂」。厳しい状況で発揮されるしなやかな精神性のことで、困難に立ち向かう勇敢さや、逆境を乗り越える力などと一般に考えられています。ただ、かといって「シス」は、根性や気合でなんとかするという精神論ではありません「シス」は強く健全な身体に宿ると、著者は説きます。そのため日々、身体の健康をメンテナンスすることが「シス」を鍛えることにもつながるのです。また、ただじっと辛さに耐える「我慢」とも違います。たしかに「シス」は、粘り強さ、あきらめない姿勢といった性質を伴いますが、それだけでなく「前進するためにどうしたら良いか、この厳しい状況の中で自分は何をすべきか」と考えるのが、「シス」。ですから、自分だけではどうしようもない時には、人に助けを求めることも必要ですし、不幸な関係性から思い切って離れることも、時には大切だというのが著者の考えです。重要なのは、前に向かって、意志を働かせ続けること。思考を停止せず、いまいる枠の外へ飛び出す勇気を持つことが、「シス」なのです。著者が、幸せの秘訣として「読書」や「教養」というキーワードを挙げていることも、それと関係があるのではないでしょうか。困難な状況に置かれた時、心と身体の強さがカギとなるのはもちろんですが、加えて、「知性」や「創造力」といったものが、打開策を見つける力になるはずです。本書によれば、フィンランドの人々はとてもよく本を読むのだといいます。

『フィンランドの幸せメソッド SISU』(カトヤ・パンツァル) 訳者あとがき

 根性や気合でなんとかするという精神論ではありませんと言うように、やはり日本人のスポコン精神とは少し異なり、もっと深く確実に「自律・自尊」の実践を行っているように感じました。

特に「じっと辛さに耐える「我慢」とも違います」は、本書でもはっきり「我慢大敵」という考え方を唱っています。また「不幸な関係性から思い切って離れることも、時には大切だというのが著者の考えです」についても【8】の冒頭で人間関係における「しがらみ」の有害性についてお話しました。そして「前に向かって、意志を働かせ続けること。思考を停止せず、いまいる枠の外へ飛び出す勇気を持つこと」は、「他律」から「自律・自尊」を促し、自分で考え、自分で決め、自から行動するための「好奇心」や「統覚」の必要性について【5】でご紹介しました。また【4】では「今」に対応できる能力の必要性を述べています。

まだ始まったばかりの『快三昧に生きる』ですが、このような共通性から、本書のメソッドはフィンランド魂「SISU」とは同質のように感じられます。

フィンランドの「SISU」から意を得たことで、『日本型SISU』として拡散される可能性があるかも?と、飛躍してしまいそうです。
ますます楽しみになってきています。

「快三昧に生きる」【7】

→「快三昧に生きる」【9】

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