本音と建て前

 人間関係において本音と建て前を使い分けることは社会生活上必須アイテムと
多くの方が大人になる前から身に着けこのスキルを磨いておられることと思います

ところがこの本音と建て前を使い分けるスキル,磨けば磨くほど意識の力は分散し弱まるために本当に自分が望むことを遠ざけてしまうということを知っていますか。

ちょっと前ですが『家庭教師○○○』のコマーシャルにアルプスの少女ハイジを使ってハイジとその友人クララの間で交わされる会話が印象的でした

クララが病気でハイジがお見舞いに訪れるシーン
クララ:「ハイジ、○○○の夏季講座がマンツーマンだからって絶対いかないで!」
ハイジ:「○○○の夏季講座がマンツーマンだからって絶対いかないから心配しないで!」
クララ涙を流しながら「あれ、絶対に行くわ!」というものです。

私の中のアルプスの少女ハイジのイメージには嘘や騙し・抜け駆けを当然(善)のように感じさせるような要素は一かけらもなくどこまでもピュアーなイメージなので、原作側からのクレームがないのが不思議なくらいです。

現代という世の中はピュアーでは生きていけないというのでしょうか?寂しい限りです。
さて嘘・騙し・抜け駆け更には誹謗中傷・いじめその他の嫌がらせそういうものから身を守る手段として処世術(世渡り上手の技)、つまり本音と建て前を上手く使い分ける技術を習得したということでしょう。極端に言ってしまうならこの世の中狐と狸の化かし合い!と言った体ですね。

上記のコマーシャルを観る限り視聴者間での化かし合いを前提とした宣伝が成立し、しかも成果があるため同じようなシリーズの連続があるのでしょうか。
つまり化かし合いは日本人全体が是認している集団癖の一つです。それが社会性・国民性として顕れ
「沈黙は金」という本音を顕さないことを善とした日本独特得の国民性にもつながり海外から「何を考えているかわからない」と言われながらも日本人同士間では空気読めない人が忌み嫌われる結果となっているのでしょう。何もしない・何も言わないそんな人の方が却って社会の中では攻撃されない嫌われない、第一損をしないという安全な立場と考える癖になっても否めません。

そんな集団癖が「意識の力」の効力を弱めてしまっていることをあらためて認識されることで、より自己の願望を手にしやすくなるということがあるのです。そしてそれこそNEOマインド魔法の力と言えるものなのですが、それを信じるまでに時間がかかるかもしれません。私は何十年このかたそれを信じ、実践し、快と感謝を得るに至りました。かといって何十年もかかるものではなく「あっそうか!」だけがきめ手でそれを実践すればするほど現実へ投射されることを実感することでしょう。

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