新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SP #5

「“根拠なき不安”を越えて」最終

大澤: 歴史の記述の在り方というのをちょっと違うのを持ってて、時節として、対話型の記述というのもあると思う。それが多声的とかポリフォニック(重層的)といういろんなモードのある歴史というのがあり、それを作りたいと思っている。

古市: 木村さん解りあってるの?

木村: 解ってます。歴史を書く人がいない方がいい、というんじゃなくて、いっぱいいて欲しいんです。一個だけじゃないっていう。今出ている歴史が何処まで正しいのかは不安ですが、今ってそれぞれみんなデジタルで周囲のことを記録してるじゃないですか、ブロックチェーンなど、そういう技術で消せない記録したりしてるし、その方がいいんじゃないかと思うんです。例えばこの場にいる私とあなたも、この場に関する考え方、起こっている記録も違うと思うんです。で、私もあなたも記録し、それを後日見た人は、より全般的なことが解るんじゃないのでしょうか。

大澤: これはねー、難しくて・・・・、簡単に言うと情報の寄せ集めは歴史にならないんですよ。僕たちは歴史的な判断を留保した上で、とにかくアーカイブで起こしていこうという風にやってるわけ。解釈抜きで、なぜなら木村さんが心配してるうように、そこでは解釈入れると価値判断が入って、目的によって使われちゃうから。無目的でどんどんアーカイブしようと、やってんだけど、これ無目的でアーカイブされたまま結局置いとかれるんですよ。どっかで、判断とかかまさないと残らないんですよ。ただデータはあるよ。

安田: 今風にいうと、タグ付けしておかないと情報としての価値がない?僕2年前の発言を思い出してきたんですが、歴史の重要性を否定したわけではなくて、確か古文書を読んだり、一次資料を解読するのに結構時間がかかって、そこが大切だと言ったんだけど、それはA・Iとかでもうちょっと省力化して、より歴史の解釈とか、何が正しいのか、白黒つかなくても濃淡をもうちょっとね、別のことに時間を割いて歴史学が一般が入りやすいようにしたら、より専門家が育つんじゃない?

古市: これが対話でしょ、多分。

大澤: だけど、問題はA・Iに古文書読ませるとかいうプログラムするスキルすら手放してしまうと危なくて、そこもどこかでで基礎教養として持っておかないと・・日本の大学は手放そうとしつつあるから。

ナレーション:
大澤が対話のコードを奪うと危惧するデジタル化。去年人工知能が社会を変える動きが大きな話題となった。A・Iにまつわる不安、そしてワーストシナリオとは?

メーカー廣澤裕さん:
 今、デジタルに絡む仕事をしていまして、根拠なき不安ってホットトピックとしてA・Iがあったと思うのですが、結局我々が入口と出口だけ作って、中身の処理は解らない状態になる。人間レベルだと。そこで、判定された結果、アウトプットが「これって正しいの?」というのが今はあると思うが、その更に先の未来の子供たちが答えを出されるたときに疑問を持たなくなってしまうというのは絶望的だと思うんです。

安田: 基本的にはA・Iに期待している部分が多いんです。ポジティブなんですが、前半の議論であった「降りる権利」からすると、古いものに戻ろうとしても、無いということが起こる。

古市:   中途半端な昔には戻れないけど、スゴイ昔には戻れる。電話じゃなくても手紙とか。

安田:   自分の好みの音楽とか、情報収集の仕方とか、完全に受け身に変わってしまうのではないか?それが当たり前の世界になったとき、人間がどういう存在なのか、ということも、我々が意識しないうちにちょっとづつ変わっていく可能性がないんですかね。

古市:   それが、いい人と嫌だって人がいるのでは?

木村:   両方いると思います。例えば、手紙をすごく頑張って書いてくれる人がいたら、もらった私は困る。

望月:   A・Iの話って言うよりは、市場が求める、多くの人が買ったり便利だと思う方向に移っていったときに、そうではない人たちが本当は残しておきたい体系のようなものに対して、それを残すために社会的コストを払うか、払わないか?という一部としてA・Iがあるのかな?という気がしていて、正に郵便は残るんですよ、という言い切りに、どこに根拠があるんだよ、という話になる。

古市:   一番未来に生きている河崎さんはどうですか?

河崎:   普通の考え方として「写真に魂を取られる」みたいな話だと思うが、もう一つは、エントロピー(熱力学の概念、不可逆性の度合いを数値化したもの)の考え方から言うと、一度起きてしまったことは、すべてが崩壊するまでとめられない。「覆水盆に返らず」で、始まってしまったことは、もう変えられないという前提でどうするか?

この河崎さんの一石を投じるコメントはとても重要なことと思います、この一石をちょっと発展させてみました。エントロピーは生命のような開放系においては減少へと変わる可能性があります。(発酵の例のように)。もう一つは、“関係性で成り立つ”という視点から見ると、A・Iも学習した結果、我々が取り敢えず現在着地点(関係性だけ・実体はない・すべてが幻想という概念(ツール)その場所に着地するでしょう。となるとA・Iにも正解はなく、目的に見合う選択肢をいくつか正確に示すという役割になりますよね。つまり使う側のビジョンや目的意識そして選択能力に関わり、選択する私たちが、これまで人間が意味づけてきたツール(問題解決に使う常識とか普通の考え方、現在の多数派が信じている正解)は役にたちそうがないと、いずれ気づくでしょうが、頭が固まった大人は難しい。あらたなツールを使いこなすには、それに相応しいA・Iリテラシー(ITリテラシとという問題が浮上しますね。この延長線上にはA・Iを自在に効果的に使うための、未来を創る生き方リテラシーを手にした方が早いということにもつながり、これまでのものを作り変えるよりも、河崎さんの言うように新しく作った方がよい、つまり新しい「教育」が重要になります。なので、具体的にはLINEのA・I女子高生アプリ(オート会話システム)のような、A・I和尚ソフトなどの開発は、学校を変えるやり方よりも早く次世代を育てることができるかもしれません。止められないけど方向は変えられる。(腐るから発酵のように)子どもたちが疑問を持たなくなるという心配は、現在の延長上での話で、子供たちが我々よりも成長したマインドの基礎を身に着けることで、我々以上に考える力を持つようになる可能性もあります。そうなれば佐々木アナが飛び入りオーディエンスの人に言った、「とは言え不安になるのが人間ですよね!」という自信に満ちた(人間とはそういうものと信じているから)言葉が、ネガティブな思い込みの産物でしかなく、不安を責任転嫁して、解消の努力を怠ってきた「世間の常識」にメスを入れられるかもしれません。この「世間の常識(多数意見が正しいという幻想)」がどれだけ私たちを惑わしているか、が明らかになる日も近いかもしれませんね。河崎さん頑張ってください。書きながらすでにワクワクしています。

三浦: 例えば軍事技術ということからも、完全に世界を変え得る可能性がある。自己決定権の話をしてましたが、社会全体としての自己決定権というのはA・Iを搭載した兵器の登場で、かなりのバランスが変わってしまう。で、この話はたしかジレンマでも出たことあると思うが、河崎さんの言う通り、止められないんです。止められないからこそA・Iを搭載した兵器による戦争の時代に我々はどういうふうにイージーで、血を払うコストがなくて、かつ、相手の命とか価値がないとみなす国民国家の起こってる状況で、戦争を喰いとめるかという、新たな制度設計をしなければならない。そういう意味ではこの問題に関しては、我々が個人的にプライバシーが害されるって被害者になってるけれど、我々国民自身が加害者になるってケースが、多分これから増えてくるのでは?            

うつ病無職30歳 黒川腎臓さん:
とっても頭がいいんだなーとおもいました。(メモをとっていたが、もーとても無理と、やめてしまった)さっき郵便の話がでたんですが、ツイッターでツイキャスというのがあって、勝手にラジオ流している人がいっぱいいるんです。そこで知り合ったどっかの人が、僕に今年、年賀状くれると言われ、スゴイ楽しみにまってますよ、というこの程度の話で出てきました。

教育社会学者 福島創太:
不安に対してアカデミアの3人の方が相談に乗るといってスタンスで、繰り広げられていたな!と。ただ、不安を言った方が、その不安を消化しきれないんじゃないかと思っていて、それを多分アカデミアとそれ以外、という部分があると思うが、世代のズレもあると思っている。“文脈を捉えるって部分に慣れていない”というのがあると思っていて、実は僕大学院の博士課程で若者のキャリアを勉強している。ゆとり世代の転職が増えていて、転職が刹那的であったり、リスクに対する感度が緩い、多分大人たちは大丈夫か?と言うが、彼らの言い分もあり、充分なキャリアがありながら長期雇用が安定しないなかで、自分の人生を自分で描かなければいけないという想いに、それはある種刹那的に自分の今を大切にしなければいけないと思っているのが、教育の中でも、そういう風に扱われてきたとおもっていて、不安だったり、現状をどう捉えるかという違いについての部分をまさに議論すべきでは?根拠なき不安が大きなリスクでもあり、文脈もあるし、構造もあるし、歴史もあるし、だからこうなるよね。という話が通じない、通じる部分もあるが、僕はね!と言えちゃう。そういったことがなぜ起きているのか?その違いをどう超えていくのかという部分が重要。どのようにここのみんなが共通認識していくか?

この方もアカデミアとは異なる位置から話をしてるね

古市: これが年齢なのか価値観なのかわからないんですが、確かに分かれているのは確かだよね。対話してる風はあるけど何か・・・本当は全然お互い・・・対話してるのかなーってのはある。

三浦: 確かにアカデミアとの違いってのはあると思うが、我々アカデミアを代表しているわけⅮはなく、割と活動範囲が広いアカデミアなんですよ!どれだけ知識人の範囲って広いんだ、ということを求められることに応じるタイプとそうでないタイプというのがいて、そうしたときに色んな課題をじぶんの者として語ったり、引き受けたりする、という結構シンドイ作業をやってる身からすると、ねじ伏せるの好きじゃないけど・・・・

安田: ねじ伏せてるイメージですけど・・・・皆の笑い

三浦: 以外にそうじゃないんです、よく見ると。例えばね、シナリオとか、その分野とかで、いくつかがある中で、一つしか考えたことがない人が、いくつも考えたことがある人に勝てるわけないじゃないですか。っていうのが基本的にアカデミアで教えられる態度で、自分でまず仮設をさんざん叩いてから出てこい。

安田: 勝てるって発想が結構ねじ伏せてる感あるよね。僕は勝ち負けで考えないんで・・・

三浦: そこでいい人ぶらないで・・・・
安田: 我々三人はアカデミアの中でも対話大好きですよね。

大澤: ホント、そう思いますよ。で、個別のジャンルに入って、積み上げていくのが基本的にアカデミシャンのイメージじゃないですか。我々どっちかって言うと、対外試合でどんどん外へ出ていく。何でそれをやるかって言うと、「個別最適をいくら積分しても、全体の最適にならない」と思っていて、それ「合成の誤謬ごうせいのごびゅうミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じることを指す経済学の用語)」という言葉がありますが、一個一個が正しくても繋げても正しくないことがある。しばしば。それを打破するために個人が全体を見渡したいということを確保していくことが大事で、いろんなジャンルを渡り歩くとか、いろんな知見をちゃんと持った上で、ビジョンを描くということをあまりジャンルがタコツボ化しすぎて研究者がそれぞれ狭い領域に入っていって、エキスパートをやっていくということを進めて来たここ2~30年だったので、もう一回変えたいという人が出てきてる証拠だと思う。そういうスタイルでここにきているので、まだ対話しやすいほうですよ。マジで。

前回からも「コードが違う」という問題が議論されていましたが、まさしくこの大澤さんの危惧する「合成の誤謬」という比喩がぴったりなのでは?つまり個々の最適が相対の最適になり得ない、という経験は貴重だと思います。原則主義と経験主義の違いにも通じると思います。古典科学の手法の分離から始まって積み上げる手法と、総体の原則に戻る、というやり方では、コードが異なると感じるのも当然。ただ、積み上げ方式のまま総体を捉えようとすると、「一人の人間には限りがある」ということになってしまう。やっぱりセオリーはコードが支配しているのか?積み上げ方式(経験主義)は部分と総体は大きく分離しているために、「世界系とかへぴょーんと一っ飛びしちゃう不安」ということにもなる。アカデミアのお三方の説を聞けば聞くほど、異なるコードというキーワードが実感できる。このコードの違いって、私には『人工』;『自然』というイメージが浮かびます。
ちょっと話は変わりますが、思い出したことがあります
19944月小笠原で国際イルカ・クジラ会議が行われ、私たちも数人で参加したとき、30時間の船旅の船中でジャック・マイヨールという世界で初めて100m素潜り成し遂げて、映画『グランブルー』のモデルになった人と出会ってお話を聞いたことがあります。彼の周囲には記者が群がり、記者たちの質問に気軽に応えていましたが、記者たちは、彼の言っていることを全く理解できないようでした。そして、「すみません、子供にも解るるようにお話いただけませんか」と言われ、彼は「子供は同じように話して理解できますよ」と応えていました。子どもは積み上げたものが何もなく、感覚だけで捉える。まさに人工の読み取りコードを持っていません。ところが長年経験を積み重ね、人工コードに使い慣れると、自然の読み取りコードをすっかり忘れてしまうのでしょうか。幸運にも私たちの仲間数人は皆良く理解していましたので、逆に記者たちが理解できないことが腑に落ちなかったことを記憶しています。ちなみにジャック・マイヨールは世界中の海でイルカと潜り、イルカから教わったという「ブラッド・シフト」という技法(重要な内蔵器官に体中の血液を集中させる)で、高い水圧に耐えて潜るという、今までの生理学や医学的な人間の身体の可能性についての常識をことごとく覆してきた人で、研究の対象となりました。話が脱線しましたが、“コードの違い”を今回は深く感じています。と同時にこのコード違いいを、もうちょっと科学的に分析して認識するのもいいかもしれないね。

古市: 結局そうなんですよね、だから対話ってやっぱり難しいなーって。とはいえ、ここにいる人って、階層とか、色んなジャンル的には近い人たちがいるはずなのに、それでも話が通じるってなかなか難しいんだなーってことをあらためて思いました。

ナレーション:
「上辺だけの対話は却って不安を招く、意見の相違をはっきりさせた上で、尚対話を続けることに意義がある」不安と絶望の未来を議論してきた元旦の討論もいよいよ崔首相、不安の先に語られる明るい兆しとは?あなたは、どんな希望を抱きますか?

第三章 希望

佐々木:ここからは、個人とか、社会とかに見える明るい兆しについて・・・・

医師 草場 岳: 
不安は医学的に見ると希望だと思う。セロトニントランスポーター遺伝子(安心に関わる神経伝達物質、セロトニンを運ぶ遺伝子。不足すると「不安」が増す傾向がみられる)が極端に少ないSS型が65%くらい締めます。日本人は不安遺伝子を多く持って入て、不安になりやすい。だからこそ山手線はしっかり時間通りにほとんど難病もお群れずに来るし、ちゃんとしたプロダクトを作るし、だからこそ資源がないのにちゃんとしたモノ創りをしてきた。そういった意味では不安そのものが希望であり、むしろこれがなければ絶望が訪れる。不安がなければ絶望に陥ると私は思う。

古市: 結局そうなんですよ、絶望も不安も根拠なんてないんですよ!勿論根拠は作ろうと思えば作れるけど、本当は未来が不安になるか、未来を楽観するかって確率的には解らないじゃないですか、だからどっちかにベクトルするかの話だけであって、だったらベクトルした方がいいのかなって結果が今日のシステムだったのかな。

望月: 自分が活動の中で感じた一つの希望なんですが、渋谷でスタディークーポンという低所得世帯の中学3年生に月2万円のクーポンを配りたい、というプロジェクトをNPOと企業と行政と連携で立ち上げ、一か月で1400万円700人以上の人から集めるというプロジェクトをやったんですが、700人で1400万円が大きいか小さいかの議論はあるが、僕なりの成功体験というのがあったと思っている。知識人であるとか、勉強をたくさんするということと、社会と繋がるということの間に色んな工夫をしないといけないと思っている。逆にいえば、工夫があればまだ通じる。

古市: 沢山勉強することは、まだ意味があるということですか?

望月: 意味はあるが、それだけじゃ意味がないということだと思う。アカデミアの側もそうではない現場だけひたすら見ている人も知識が濃縮して集まっている人が、じぶんがこういうことをしているから偉いんだ!とはならなくて。それを社会のテーマとして持ち込むときに、被害者意識をむき出しにしたりとか、エリート意識をむき出したりしても誰も聞いてくれないので、・・・

古市: 大澤さんとかこんなに物知りなのに、すごい恐縮してるもの「知っててゴメンナサイ」って感じで。

大澤: やっぱり「現場コンプレックス」ってありますよ。僕も世間を知らないとか言われるんですが、オレオレ詐欺をやっていたようなアンちゃんと一緒に掃除をやったり、スーパーの後ろでひたすらキャベツ」を」膜という仕事をやったりとか、」していたという話をしても、所詮坊ちゃんの社会見学にしか過ぎないんです。だからあまり言ってもしょうがない。だからそこで実存的話をし過ぎても、まぁ「結局、お前大学の先生になってるんだろう」という話になっちゃう訳ね。逆にはなしを聞いてくれるっていうか、会話する相手が過剰に大学の先生だから実存の部分は?ってなっちゃうと辛いな!って色んな方面で経験している。現場コンプレックスと、何か社会還元に関するコンプレックスはやっぱりあります。それが実存と言えば実存かもしれません。でもそれなりに社会経験してるのにな!というのも言えない、っていう苦しさはあって、あるが故にどうにか対話する回路「ラポール(相互信頼の関係・心的状態)を構築する回路を作っていかなくちゃいけないなーっていうのは、日頃思いながら学問やってるつもりなんです。

望月: お互いがスゴイ届かなさを感じてる」と思うんです。

古市: 知識持ってる方は届けたいと思ってると思うんですが、逆に現場って必要ないんじゃないんですか?どうなんだろう。

望月: ストーリーが氾濫してるんで、その中で嘘をつかまされる、黒いものをつかまされるリスクっていうのは高まっていると思う中で、正しいことをちゃんと勉強してる人たちが、どうやったら届く回路を作れるか、この番組でも一つの試みだと思う。それは多分やり続けないと。

古市: 褒められた!!

安田: どうやって届けるか?って方法論的なところもあるけれど、そもそも届けようとする専門家を送り出さなければいけないんです。アカデミアから。特に経済なんて感心はものすごい高いので、いろんな事象も含めてエコノミストたちが沢山いる。それを変えたいというのがあって学者として論文はかける範囲でかきたいんだけど、それをやっている自分がこういうメディアに出てくることによって、徐々に若い世代の意識が変わってきてる。それは僕だけの力じゃないんですが。れがやはり一歩につながるんじゃないかと思う——それが希望的な話です。

木村: 日本の先生は、現場のコンプレックス持ってる人多いし、実際現場の経験が少ない人も多いかなと思う。一回アメリカで、パークウェイの授業を受けたことがあって、先生方もみな経済を教える人は銀行員だったり、数学を教える先生も、トレーダーだったりするんです。その人たちは、自分でお金儲けて、お金も儲け方を教えるんですが、日本は学校にもよるが、こういう風にやれば出世できるとか、キャリア積めるとか、お金儲かるとか、話してる一方、その教えている人自身が成功してないので、どこまで信じられるかっていうのが・・・・

古市: 確かに、大澤さん深くうなずいていますが・・・何かそれとは別で、日本とか世界とか、こんな夢があるとかはありますか?

木村: そうなんです。安田さんが行ってた、今までは専門家でもメディアに出るとあまり良くないという-のイメージがあったんですが、最近は皆出るようになり始めて、そういうのが希望の歳と言えるのでは?

古市: 本当に安田さんがTVに出るのが希望っていってるんですか?もっともっと大きな希望はないんですか?この国には。

那須野:曖昧性があるっていうのはチャレンジできるという点で、希望はあると思う。これから、どんどん世の中大きく変わっていく中で、年配の方々が、ついてこれなくなってくる。若い人たちは吸収力がもてて、その中で活躍できる可能性がある。日本全体というよりも若者という目線で希望がある。

古市: 若い世代にアドバンテージがあり、社会の変化が激しい時代だからこそ、若い方向にキャッチアップできる。じゃ、大澤さんは無理?

大澤: そうかー、A・Iとかね―、恐いもんな―。

河崎: 振られて。

希望ですよね!絶望は世界政府って言ったんですが、希望は何かと言うと、描いているビジョンは「2045~2050年、国が数百万個に増える」テクノロジーとして、大きな影響を及ぼすのはブロックチェーンです。(すべての金融取引をネットワークで分散し、共有管理できる新たな台帳技術)
ブロックチェーンとは、馬から車、手紙からメール、銀行・国からブロックテェーンで、これはアルゴリズム的にブロックテェーンというシステムは信用を陳腐化しました。なので、これからの時代というのは信用に意味がなくなり、共感の方が意味があります。要するにブロックチェーンアルゴリズムによって実現される世界像。これが希望であり、自分は人が生きている。人が考えている。話している。喋っている。という人の色んなスタンス自体、それが希望だと思っている。希望も絶望も、人が意味づけしている。人が入ないと意味は生まれない。どんなものであっても人が意味を与えているからこそ、そこに希望であったり、絶望であったりとか意味が生まれてくる。人が続く限り希望はあると思っている。

古市: 国家が数百万って、あまりイメージできなくて・・・・

河崎: 簡単に言うと、アメリカって合衆国出し、ロシアって、連邦だし、中国は多民族国家で、日本はもともと藩が300くらいに分かれていたし、フランスだって、コミューンなわけですよね、要するに国家が中央集権化したのは159年くらいの世界像であって、これからの世界像は分散化してくるだろうということです。

古市: オーソドックスな政治学とか、国際関係論とかで見ると・・・

三浦: ブロックチェーンの話はよくわかりますが、ただ国防どうするかって話です。もう一つは、カタルーニャの独立志向の話なんですが、要はカタルーニャは持てる者だから独立したいんです。(カタルーニャ独立運動:スペインで豊とされる自治州による独立を目指す政治運動、依然争いが続いている)つまり持てる者と持たざる者っていうのは地域に分布が行われたときに、世俗的な理由、つまりどれだけ儲けているか、とか、財産があるかとか、例えば職業集団とか、、という世俗的な理由に対してアイデンティティー(スンニとかシーアとか)が乗っかっちゃうことによって、紛争が生じる。問題は武力紛争なんです。ナタとオノだけで沢山の人を殺せるので、ローテクな地域でも、ビラ4枚足り、ラジオだけで働きかけることができる。なので、国防とか当地の機能不全、内乱っていうのが一番問題だなって言うのは思っている。そこの留保はあるけれど、ただ目指している目標っていうのは人がなるべく死ななくて、幸せで、多様で、自由に生きていくって言うのが共通しているので、すごく奇想天外と思う訳ではないです。

安田: 最後に不安を希望に変える方法を話したい。
コインを投げます。
1.表が出たら 100万円払う       
  裏が出たら 払わない
2.50万円払う
会場では1.が多数
人は得する局面でではリスク回避し、損する局面ではリスクを取る⇒チャラにしたいからこれを日本は失われて20年、30年送ってきたとおもう。不良債権処理なんか典型的なんだけど、損切して確保して次に行かなきゃいけないんだけど、一か八かで、また地価があがったらゼロに戻せるかもしれないと。それをやらない。思考停止になっちゃうという。だから不安があった時一か八かにすがるんじゃなくて、きちんとダメなものはダメと、リスクを取っていく。そこを切り分けていくと、社会全体でそういう軌跡ができると、不安を希望に変えていくことができる。

ナレーション:5時間弱に渡った対話もひとまずフィナーレ。
古市: どこにたどり着くんだろう? たどり着いてないけど。久しぶりにこういう感じをかんじてて、最近のジレンマって結構出口見えてて、答えが解ってた。今日は答えのない議論をみなさんに強いて来たけど、寄り道しながら面白いキーワードが沢山出て来た。個人的に感じたのは、「慣れって怖いなー」があった。Jアラートや北朝鮮とか貧困とか・・・・だけど、ちょっと不安を感じて生きていくのも悪くないなって、改めて思いました。

佐々木:スポーツの取材のとき、選手に「こんなこと話したってわからないでしょう!感じたことない人には」と言われたことがあったが、知りたい、教えてもいいよ、噛み合わなくても・・・その感じが・・・・

古市: 人類ってこうして進化してきたのかなって。全然違う人同士が出会って、完璧には解りあえなくても50%とか、30%とか、ちょっと解ることで進んでいく。その感じは今日、確かにありました。終わり
第3部の「希望」においては、河崎さんの「ブロックテェーンアルゴリズムによる世界像」のビジョンが面白いアイデアと思いました。これこそA・Iが創るシステムの方向性を表していますね。がアカデミア組は、不安を希望に変える、という安田さんに期待しましたが、「失ったものをり戻そうと思うな!潔く捨てろ!!」ということのようで・・・・・つまり、不安や、絶望については、多くのシナリオを準備できるが、希望のシナリオの持ち合わせはないってことですね。じゃー、やっぱり若者たちの力を借りるしかないか‼ってことですね。つまり、新世代が希望ってこと? 期待してま~す・・・・・完

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