共創空間

新世代が解く!ニッポンのジレンマ元日SP#3

 「“根拠なき不安”を越えて」#3

大澤: もうちょっとだけ専門的角度から入って議論を整理すると、近代が成熟を遂げて、アンソニー・ギデンス(イギリスの社会学者 競争力と公共性を両立させる「第三の道」を提唱 1938~)の後期近代に入ってくると、あれも選べる、これも選べるで、選択肢が過剰になってきて、ある種社会的な流動性が高まるのとバーターな訳なんですけど、そうすると、社会の形自体が前近代の包摂型社会(もし失敗してもところを得る、あなたの場所がありますよ)という構図が、後期近代になると排除型社会になる(一回失敗するともう処を得られない)選択肢は沢山あるが放り出されてしまう、という不安が前提になってきて、信頼型とか、安心型がベースの社会から、不安ベースの社会に変わっていく。

1985年生まれ
社会学者
若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書で注目される。
内閣官房「クールジャパン推進委員」メンバーなどを歴任。
日本学術振興会「育志賞」受賞

古市: でもどうして不安型社会なのに安田さんみたいな人がいるの?
大澤: 安田さんはなんだかんだ言ってエリートですよ。それはこれまでのバックグラウンドが保証してくれるんですよ。

三浦: 今の大澤さんのコメントでほとんど彼の抱えてる道筋って見えたと思うんですが、ただそれに対して河崎さんの異物感のあるコメントが随時投げ込まれてきて、でも拾われないで残ってるってことだと思うんですよ。で、先ほどからこの対角線(安田×望月)での繋がりっていうのは、典型的なエリート繋がりで、世の中で見てるんですよ。そして、河崎さんはシステムを変えるとか、あるいは変えるの無理だから新しいのを作ります、と完全に変革パターンの思考をしていて、そうすると、エリートの人たちが考えていることと変革者というのは全然違うんだけど、何でこういう対立が生じたかというと、近代が何処へ行ったわからないけど、多分グローバリゼーションの時代という風に形容する人もいるけど、新しい時代に対して、どういう処方箋を提供するかについてすごい大きな考え方の陣営が出てくる。じゃー最後の最後、一般人ということを考えたときに、一人ひとりが革命も起こせません、合理的な生き方を編み出すこともできません、といった時にその人が自分の狭い選択肢の範囲内で、どれだけ幸せに、克つ自己決定権ですごい満足の源泉である権利を行使できるかってことを考えなくてはいけなくて、多分ニッポンのジレンマはそこにフォーカスすべきではないか。

大澤: もう一個選択肢があって、「降りる自由」ってのが2000年代半ばにネットで議論されたことがあって、社会的な参画とか社会を変えるとか、何とか社会をよくしようと議論が盛り上がり過ぎた結果“息苦しい”という意見が出て「降りる自由」「非責任」(無責任ではなく責任から降りる)という自由を選択肢の中に入れるべきということで、息苦しさから脱する動きがあった。競争社会でのルールが画一化しすぎたため。河崎さんのような「変革するぞ」っていうタイプもいれば、逆に「降りることで自分の中のゲームを変える」という人がいて、この三つ目も選択肢の中に入れないと不安を解消することにはならないと思う。

ナレーション
保守か変革か、勝ち残りかドロップアウトか、そんなラベリングに捕らわれる必要はない、レッテルを超えていく術とは?

LGBTmituさん
性別ってどうなっていくの?マイノリティーの不安。
性別を決めつけない世の中になればいい。

三浦: 保守的な社会なので、日本の進展は遅いと思うが、すべての個人の才とか、それに対して与えられる価値とかに着目すれば、確実に一人ひとりの価値が増しているので、進める可能性がある。少子高齢化なので。ただ政治家の平均年齢がめちゃくちゃ高いので、保守的になっていて、難しい部分もある。鍵はLGBTに限らず価値観の転換を図っていくことではないか。

mitu:  ミレニアムに入って、もっと自由になるか期待していたが、むしろ生きにくくなっている気がする。

三浦: どういったところが?

mitu: 昔はLGBTという言葉もなかったので、ただ「変なヤツ」だったが、今はLGBTというカテゴリーの枠に押し込められてしまう。発達障害もしかり。20年前は大人の発達障害とか着目されていなかったのに、近頃は誰もが「発達障害」にされる。

三浦: 認知は高まったが社会として適応するやり方が確立していないので、浅い知識だと、全部一緒の枠に入れて「ポリティカルコレクトネス」(差別・偏見が含まれていない言葉)に取り敢えず入れとけば安心みたいな、逆に差別が高まった感触はあると思うが、少なくとも数十年前に比べれば、権利拡張の進歩段階にあるって捉えて、その不都合が押し寄せている。というように捉える方が現実的。

大澤 聡(おおさわ さとし)

1978年生まれ メディア史研究者 近畿大学文芸学部准教授。 東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は思想史/メディア史。日本の思想やジャーナリズムの歴史的変遷を分析しつつ、現代の社会環境やカルチャーに関する批評活動も広くおこなっている。単著に『批評メディア論』(岩波書店、2015年)。編著に『1990年代論』(河出書房新社、2017年)、『三木清教養論集』(講談社文芸文庫、2017年)、『三木清大学論集』(同上)、『三木清文芸批評集』(同上)などがある。

大澤: 長期的にはそうなんだけど、個人の場合そうじゃなくて、短期的に考えることも必要じゃないか。中途半端に違う属性の人に「うん、わかるよ」って言われるのどう?

              「私はあなたじゃないから、これ以上は解らない」というエクスキューズの前置きをして会話する若者が増えてる。それが悪いのではなく、その先に踏み込まないということが多くなっている。それが積み重なっていくと枠組みに放り込まれて、処理される感が否めない。なので、0か100の理解ではなく、40%、50%の理解もあっていいのでは?つまり、解らないか、100%わかるかの2択になりすぎている。これはLGBTに限らず。

木村 アリサ 祐美(きむら ありさ ゆみ)

1986年生まれ AIスタートアップLead社の共同設立者及び最高責任者 日本語、中国語、英語のトリリンガルで、日中米で教育を受け、アメリカと日本及び中国のテック業界にて活躍中。 大学入学前から、上海にて不動産コンサル、翻訳、会議通訳関係の業務に3年間携わり、関西学院大学の法律学部在籍中の頃から国際的なM&A案件に参加。 2013年関西学院大学法学部卒業後、Spinnaker Partners社にてベンチャーキャピタル事業を立ち上げた。 2016年世界でカメラアプリで12億ユーザーがいる中国IT企業, Meituの日本総責任者として就任、その後2017年4月からシリコンバレーで人事領域でAIスタートアップ, Lead Techを起業。同年、Gucci社が少女と女性のためのテクノロジーソリューションを開発するプロジェクト「CHIME FOR CHANGE (チャイム・フォー・チェンジ)」の一環とした、ハッカソン「CHIMEHACK 4 (チャイムハック 4)」の今年度Best Product 賞を受賞。

木村: 現在、サンフランシスコに住んでいるが、そこはLGBTのキャピタルと言われていて、同性同士の結婚もできるところ。友人の一人も男性でもあり、女性でもあるという人が入るんですが、彼女がたまに男性トイレに行くと、問題が起こる。最近は男性女性の別がないトイレもできている。フェイスブックでもジェンダーは男性女性以外にも56種類くらいあって、LGBTのカテゴリーも凄く広くて、バイセクシュアルだけじゃなくて、バイキュアレス(性別によらない恋愛への興味)というのもあって、そうするとみんなの心のなかで、1%、あるいは10%、あるいは99%LGBTのカテゴリーの中に入るんじゃないかと思う。なぜみんなラベルをはるんですか?を解決するために、就職するとき、プロモーションするとき、性別、人種を問わず、名前も出さずに履歴を出せばいいんじゃないかという活動が進んでいる。

古市: 僕らは今、どんなフィクション、どんな宗教かで、でつながっていて、世界中の多くの人は男と女がいるっていう宗教を信じている。その思想を信じている。その方がある種合理的だった。でも今人工知能なりいろんなリクリエイトが発達して、男女とかわけなくても、テーラーメードで、社会は動くようになったかもしれないけれども、逆に言うとそれによる弊害とかもホントはありそうな気もしてて、どうだろ、男女とか全部区別なくして、社会が回っていくってなるんですかね。

河崎 純真(かわさき じゅん)

1991年生まれ
ADHD・エンジニア・起業家 母親は「カリオストロの城」などを手がけた著名なイラストレーターであり、アスペルガー症候群であった。自身も発達障害を抱えており「発達障害者が充分に才能を活かすことが出来ない社会」に問題意識を持つ。高校に行く意味を感じず、15歳からエンジニアとして働きはじめ、Tokyo Otaku Modeなど複数のITベンチャー・スタートアップの立ち上げ、事業売却、役員業務などを経験。Web 3D / VR(仮想現実)ベンチャーにてCOOとして活躍。離脱後、自身のライフワークであった「発達障害の人が活躍できる社会を創ること」に人生をかけGIFTED AGENT株式会社を起業。

河崎: 極論言うと性別っていうのは、分別としては何とでも言えると思うが大事なのは、アイデンティティーは、こうじゃなきゃいけないという考えが根底にはびこっていて、それは良くないと思っている。男女しかない社会でもいいし、56種類ある社会でもいい、自分は不安については極論は「孤独」にあるんじゃないか。不安・不幸せは「孤独」と思っている。
  細胞の中にはアポトーシス(遺伝子に決められた「細胞の死」個体をより良い状態にたもちため、プログラムされていると言われる)という自殺機能があるが、それは常にONになっている。細胞は常に自殺しようとしている。これが今、OFになっているらしい。隣の細胞から信号を受け取るとその遺伝子かOFになる。という研究が最近あるんです。人は誰かと繋がって社会に必要とされるからこそ不安じゃない、次の時代は共感型社会が大事だと思っているが、大切なのは共感して「必要」を認識する。「いてくれてありがとう」という共感でつながっていくことが大切なのではないかと自分は思っている。「共感が社会資本」の社会。

LGBTの不動産屋

池澤廣和:自分もゲイなんですが、男同士で部屋を借りると変に思われることがあって、その相談を受けている。LGBTの未来も不安ですが、不安を抱えている人こそ、マイノリティーに目をむけたらどうか?マイノリティーは多様な不安が凝縮されているんじゃないと思うので、他の人の不安で自分の不安が客観視されるのでは。

木村: ネガティブな思考回路をしていくと、益々不安が高まる。結婚できなければサンフランシスコで結婚式を挙げればいい。そうして自分の不安の出口を探して、その不安を源泉にこの社会を変えては?

古市: 確かにそうですね。自分が変わっちゃうとか、自分が移動しちゃう、というのも解決策ではありますよね。

ナレーション: 渋谷の街での街頭インタビュー

看護師
長谷部花織さん:渋谷の街では夢に向かって路上ライブとかやってる人がいるけど、自分は毎日お金のために働いて、孤独だなって思います

看護師
山田紗也加さん:自分の周りには新しく施設(介護)が建ったりしてるんですが、施設ばかり建って入所する人はいっぱいいるんですが、働く側の人手が足りていない。介護が必要なのに入れない人たちがこの先もっと増えそう。

飲食店店長
江口遼太郎さん:上司にこれやりたいと言っても、「そんなのダメ」って言われると、チャレンジする精神がなくなっちゃう。若者支援するって言ってる割には社会全体でそうなってない。

ナレーション
個々の想いを言葉にすれば案外共感できる身近な問題、不安の共通項も見えてくるのか?

FREESTYLE PAINTER
大塚亜美さん:私は不安っていうのはなくて、一般的に父が病気になったら?とかの不安あるが、起こるかわからない不安を考えても意味がない。ここでこうして不安について大勢が集まって議論していること自体が不安。

古市: 全否定された。これまでの人生であまり不安を感じたことはなかったんですか?

大塚さん:落ち込んだりとかはあったんですが、未来のことを考えてもその時にならないと解決しないから、今全力でやるって事が大事かなって思ってます。

佐々木:とはいえ考えちゃうのが人間じゃないですか?
古市:今、おいくつですか?
大塚さん:私29才です。
大澤: 「時々落ち込んじゃったりするけど、私は元気です」っていうセリフは、魔女の宅急便に出てくるセリフでして、時々ぽっと不安って出ると思うんですよ、誰だって。

古市: 人によって、グラデーションがすごくあると思うんですけど、すっごい不安な人から、そこまで不安じゃないけど、強いて言われれば不安かなっていう人も多いような気がしていて、東京に出ると、やっぱり7割くらいから8割くらいに不安があると答える。多分そんな深刻な不安かどうかは人によって違うのかもしれない。

大学生
横地 陸さん:僕今大学3年生なんですけど、これから就活になる感じ何ですけど、学校の教育からニュースピクスなんかで情報を漁るようになってきたんですが、どこを切り取っても、例えばベーシックインカム(すべての民に生きるのに必要な最低限の額を支給する)だとか、リカレント教育(学校を終え就職した後も、必要に応じて教育を受けることを言う)人生100年時代などなど、日本の悪いところに対する改善案っていうワードがほとんどで、いいとこ伸ばそう、なんてとこは正直ないなって感じてしまう。ネガティブなところを取り上げた方がバビルって(強調する言葉「バリバリ」と、驚くことを意味する「ビビる」を合成+簡略化したもの)いうことも理由の一つかもしれないが、基本的にその不安を解消するために、例えば長期インターンやったりとかしてるんですが、社会人になったら、どんな形で社会人になろうが、今後の日本ってずっと右肩下がりになってしまうんじゃないかっていう気持ちがあって、社会人になってないからそう思うんだというところもあるかもしれないが、純粋に漠然とした不安があり、インターンやってても、教育と社会人のギャップがあまりにも大きすぎるという気がする。授業とかでもAIに関する教授の方とか誰もいなくて、最先端のことと、教育がもう少し近いところにあってもいいかなって思う。

古市: 大学はおじいちゃんだけってことですか?
横地さん:そうですね、何年前かの同じようなレジュメで、教科書も毎回同じ。
大澤: 何で大学の側がそこまで社会の不安ベースを煽るようなビジネスに乗っかる必要があるのかなっていうのがあって、勿論できますよ、でもそれをやると元々持ってる大学が教えるべきことを、教えられなくなっちゃうわけ。そのバランスの中で教員たちも悩みながらやってるってところがあって、大学教授の立場で語るとこういう風になるんだけど、でも解る。そうなんだよ不安なんだよ。だから社会の人が不安を煽りすぎ!テレビも!

三浦: 私ね、その社会における不安と個人における不安が過剰に重ね合わされてる感じがしていて、この番組でもかなり混同が起きてるんですよ。

河崎: そこでちょっと思うんですが、さっき日本人のいいところを伸ばしたい、とい話が出ていたんですが、日本のいいところって「自他非分離」そこだと思うんです。自分と相手を一緒にする、人間て自己拡張能力だと思っているんです。相手と自分を一緒にする。

三浦: それは存在不安みたいなところと、実はつながっていて、自分の漠然とした、経済的ではないかもしれない不安とも実はナショナリズムの観点では結合されてしまっている可能性があって、これは調査するとわかるんですが、人間がどういう感情に基づいてある日国を嫌いになったりするかっていうのは、相関をとればわかるんですね。で人々の本音をあぶり出すという分析をしてみると、例えば日本人がどんどん中国人を嫌いになって行くっていうのも嫉妬の現れだってことが容易にいえるという結果を私は持っている、自分で調査をして。一旦自分ごとっていうのを切り離されて、自分自身のパーソナルな生活を幸せにできないと、先ほどから河崎さんが描いているような世界にはまだたどり着けない。一旦ナショナリズムと、自分のどろどろしたことがくっついているのをある程度切らないと、いけないんだ。ここはちょっと議論解り難かったと思う。

大澤: 例えば第一次世界大戦の後に、レフ・シェストフ1866-1938(ロシア哲学者)の悲劇の哲学というのがブームなって、シェストフ的不安と言っていた。それからちょっと遅れて日本で、満州事変以後に輸入され、1932~3年に翻訳され、不安哲学とか、不安文学というキーワードになってバズルんですね(簡単に言うとネットで拡散するようなもの、爆発的に広まること)。その後1937年に日中戦争にいって、その後ズルズル行くわけです。そういうことを考えると、やっぱり、不安の質って見極めないといけないんです。で、分けるべきところは分ける。勿論、社会構造から来ている実存ってのもあるわけなので、繋げるところはキッチリつなげないといけない。過剰に、世界系じゃないけど実存と世界の話がぴょーんと一つ飛びにくっ付いちゃっているっていう不安もあるので、そこはいくつかのレイヤーに分けないといけない。個々の議論もそれが混在している可能性がある。

古市: 議論自体不安ですよね。何で僕が不安かって言うと、出口がまったくみえないからですよね。ここにいる人たちの不安は一個一個理由があって、その理由を解決していけばいいが、解決しちゃったらそれでいいじゃんってことになり、その先の理論はどうするの?ってことが不安です、今。

1986年生まれ 静岡県出身 「NW9」のリポーターとして2年間、事件・災害などニュースの現場を取材。 現在同番組のスポーツキャスター2年目、インタビューやリポートを行う。空手と剣道は初段の腕前。

 佐々木:ということで第2部は不安より絶望という、もう一歩踏み込んで、さらに暗い話になります。次回に続く

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