鳥の目

炎上ー亀井静香

このところ、元衆議院議員・亀井静香氏による古い家族制度・時代錯誤の国家観・セクハラ・パワハラともいえる暴言・恫喝が炎上しているようです。

画像引用元https://matomebu.com/news/etv-kameishizuka/

「そこまで言うんなら結婚しなきゃいい、みんな天皇の子」
「こういうのを得手勝手って言うんだよ」
「簡単に言うと国家の都合よ」
「日本はな天皇の国だよ、簡単に言うと」「みんな天皇の子だから一緒なんだよ」
亀井氏が右翼的思想の持ち主であることは分かっていたが、ここまで露骨な発言をするとは思わなかった。この発言は、首相時代の森喜朗氏が「日本は天皇を中心とする神の国」と発言したのと同等ではないか。
https://matomebu.com/news/etv-kameishizuka/


<勝手なことをやってる人に、国家が全部合わせてたらよ、どうするんだよ。やりようがないよ。ひとりのわがままに合わせてたらさ、国家というのは困っちゃうんじゃないかなあ>

<国家からの恩恵を受けたいと思うのであれば、国家のルールに対してある程度妥協せんと生きていけねえだろって俺は言ってるんだよ。常識的なことを言ってるんだよ。国家の保護を求めながらね、いっさいね、国家の行為に対して協力をしないというのは得手勝手って言うんだよ!よく考えてみなさいよ。あなた方のためにね、他の国民がおるわけじゃないんだよ>

亀井氏<あなた(=夫)は本当はな、いいか、心から愛されてないんだよ、間違いない>
夫<それはないと思います>
亀井氏<ないってそれは自分で勘違いしてる>

https://wezz-y.com/?s=%E4%BA%80%E4%BA%95%E9%9D%99%E9%A6%99&x=16&y=17

18日に放送された『夫婦別姓 “結婚”できないふたりの取材日記』(Eテレ)での事実婚で夫婦別姓を選択している男女による自主制作ドキュメンタリーで、映像制作をしている夫(40)とその妻(27)の2年半にわたる苦悩を記録したものでした。

夫の姓を名乗ることで、過去の思い出したくない経験につながることが原因のようでした。夫は妻の姓を名乗ることに決めたのですが両親に大反対され、やむなく事実婚を選択しました。

このカップルに依らず、夫婦別姓での結婚希望者が増える中、「選択的夫婦別姓制度」を耳にするようになって久しい現在、未だに制定されないのはなぜなのだろうと調べてみました。

夫婦別姓制度をめぐる歴史. 1875年:戸籍制度の確立と苗字の強制. 1876年:夫婦別姓の採用. 2020年12月15日、 選択的夫婦別姓制度の導入をめぐる議論が大きく後退する旨が 報じられた 。. 政府が策定する第5次男女共同参画基本計画の最終案から、「選択的夫婦別姓(氏)」の文言が削除されるなど、言及がトーンダウンする見通しとなったためだ。. 朝日新聞の 報道 によると、自民党内の保守系議員の反発が根強かったという。. 選択的夫婦別姓導入の議論は、2020年9月の菅義偉首相の就任後から活発化した。.

参照: www.theheadline.jp/articles/350

 

国会議論の中身や報道されない国会の裏話など、「政治のハナシ」を発信している、「衆議院議員の高井たかし氏」の調べによると

歴史を踏まえると、日本は慣習的に夫婦別姓であった期間のほうが長いのです。
明治31年に民法が制定され、その時に初めて夫婦同姓が決められました。
では、江戸時代より前はどうだったのでしょうか?

そもそも庶民には苗字はなく、武士は別姓だったり同姓だったりと、いろいろなパターンがあったようです。例えば、源頼朝の妻として知られる北条政子は、源姓を名乗っていません。いくつかの資料(※)によると、「氏姓は系統を示すものと考えられ、古来から女は結婚で夫の家に入ったとしても、生家の氏姓は捨てなかった。妻は言うなれば『異性の人』であり、夫婦は別氏であった」と記載されています。

そして、明治31年の民法制定から夫婦“同姓”になり、さらにその後、日本が太平洋戦争に敗戦し、昭和22年に民法大改正が行われました。

この大改正の根幹は、「家制度の廃止」です。
「家制度」とは、明治31年の民法で決まった制度で、夫婦は「家」を同じくすることにより、同じ姓を称することとされました。

この頃の日本では、「夫が家長で、家族は家長の命令に従わなければいけない。結婚は、家長の許可を得なければいけない。妻は家に入る」等が民法で規定されていました。

しかし、この制度が「時代遅れ」として昭和22年に改正されましたが、この時、夫婦同姓だけは改正されませんでした。

その後、変化のない状態が平成8年まで続きます。

この間、国連からも「日本の夫婦同姓は男女平等ではないため改正すべき」と勧告を受けました。

平成8年になり、ようやく法務省の法制審議会(法務省がいろいろな意見を聞く学者の方たちの集まり)が「日本も選択的夫婦別姓を導入すべき」との答申を出しました。通常、法制審で答申が出ると、そのまま法改正しますが、当時の自民党の中では反対する議員が多く、結局、選択的夫婦別姓の法案を提出することができませんでした。

その後も、法務省は何度か法案を出そうと試みますが、やはり反対意見が多く、法案の提出には至りませんでした。

そして、令和2年。
大きな出来事がありました。

当時の橋本聖子男女共同参画担当大臣が、第5次男女共同参画基本計画の中で、選択的夫婦別姓を前向きに検討する方針を掲げましたが、これもまた自民党反対派の意見が根強く、基本計画の文中から「選択的夫婦別姓(別氏)制度」の文言が削除され、流れは後退してしまいました。

その結果、夫婦同姓を義務付けている国は、世界の中で唯一日本だけになってしまいました。

私は、夫婦別姓に向けて何度も国会で議論を重ねてきましたが、その度、菅総理大臣と上川法務大臣は必ずこう言います。
「国民各層の意見を聞き、国会での議論を注視しつつ検討していきたい」と。

これは、検討を引き延ばしている言い訳にしか聞こえません。

政府は「まず国民各層の意見を聞き」と言いながら、平成29年の調査で反対意見が多かったことを現在の議論に持ち出しています。
しかし、令和2年に行われた朝日新聞社による最新のアンケートによると前回(平成29年)に行ったアンケート結果と比べ、賛成派が11ポイント増え、反対派が13ポイント減り、この4年間で国民の意見が変わっていることがわかりました。
私は、いますぐ最新の調査を行うべきと政府に訴えています。

それからもう一つ。
政府は「国会での議論を注視しつつ」と言いますが、政府が何もしなければ国会で議論なんて起こりません。

やはり、平成8年のように法務省がまず答申を出して、国会に議論を投げかける。そして、国会で賛成・反対をしっかり議論することが重要だと思います。

国会議員が「男女共同参画」を論じながら、姓の自己決定権を認めないというのは、時代に逆行していると言わざるを得ません。引き続き、私は選択的夫婦別姓を推進すべく、今後も政府に訴えてゆきたいと思います。

※資料
井戸田博史「夫婦の氏を考える」世界思想社 2004年
高柳真三「明治前期家族法の新装」有斐閣 1987年

#政治

#選択的夫婦別姓 

選択的夫婦別姓の歴史について【小学生にもわかる政治講座】|高井たかし|note

 

そうだったのか、知らなかった。
亀井氏は、反対派の中心人物だったのです。

ドキュメンタリー制作者は、当然それを知ってて亀井氏にインタビューを試みたんですね。
つまり、自民党の体質の根幹、時代錯誤的国家観が、亀井氏の発言で白日の下に晒されたというわけです。

予想はしていましたがこれはショックでした。

稲田朋美氏が防衛大臣だったころ(2016-17)、あまりにも国粋主義的・右翼的発言の数々を耳にして驚いたことがあります。

古い制度下で、その辛酸をなめてきたはずの女性が・・・と感じていました。

結局私たちの国をリードしている与党のビジョンは、国家、天皇が中心の国粋主義で、民主主義という国民中心の国を目指してはいないのだと痛感しました。

紹介記事https://matomebu.com/news/etv-kameishizuka/にもありました、立花隆氏の著述引用による「戦前の日本が現在の北朝鮮よりも異様だった」と言うけれど、今尚その構造は変わっていないのではないかと思わされました。

そこまで酷いとは感じていなかった私は、実は韓国社会の実態を前時代的と批判的に見ていましたが、日本もそれに負けず劣らず前時代的要素で動いていると思うと、空恐ろしくなってきます。まるで民主主義は建て前として駆け引き用語に使われているだけで、本音は真逆に誘導しようと言う腹の内が見えたような気がしています。

ネットでは「気持ち悪くなった」という人もいますが、然りと思います。

これまでの数々の、長老たちの失言は、蚊に刺されたくらいものだったんですね。根幹にこのような構造的ビジョンがある以上、失言ではなく本音ですから、ぽろっと出てしまうのは当然のことでしょう。与党幹部全員がこのような思想下で日本を創造しているのですから。

否、与党に止まらず、一部を除いた政治家の大多数がこのような思想下にいるのかもしれませんよ。私たちはもっとよく観察する必要があり、行政に送りだす人をもっと一人一人解析すべきなのですね。

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