「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論」

新世代が解くニッポンのジレンマ

「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論」

  1か月も遅れてしまい、この回の記事があまりにも長くなってしまったので、感想からお伝えすることにしました。面白そうと思われる方はテープ起こしした本分をご覧ください。

7月1日放送 「お金もうけ」にはジレンマが?目指すは大企業?起業?外資?何が安定かわからない時代に揺れる若者たちの意識。格差、分断が叫ばれる時代、経済に何が?「共感」こそ商品になるという新たなビジネスモデルを提示する今をときめく起業家、冷戦の時代を皮膚感覚では知らない新世代のマルクス経済学者、さらに産業革命発祥の地で10年以上の長きにわたり研究を続けた歴史家によるクロストーク。「欲望の資本主義」を越えて未来は?

【出演】実業家…前田裕二,経済学者…斎藤幸平,歴史学者…山本浩司
【司会】古市憲寿,赤木野々花,
【語り】悠木碧

 最初に全体の印象として、両極端の存在に見える社会主義経済学者「斉藤浩平」氏と最先端ITプラットフォーマ―社長「前田祐二」氏の酷似したロジックと新世界観でした。

そして、この二人とは別の旧世界の住民と言える司会者を含めた3人の存在による資本主義の見え方の違いがくっきりと浮かび上がり、大変興味深く面白い展開でした。

 冒頭の画像が象徴する「世界の8人の大金持ちと世界人口の半分が持つ総資産がほぼ同じ」という三角形の画像が示すように、資本主義の原理とは、この三角形の構造システムです。ここでは左右よりも上下の意識が優先し、その原型がマインドを形成しています。例えば古市、山本、赤木をはじめ、会場の学生たちの言葉の中に頻繁に出てくる「いい?悪い?」「利、損」「勝、負」という二者択一の癖も、この三角構造の住民の特徴となって、私たちに顕現してくれています。この構造は全てのモノ、コトを考える上でのデフォルトとなって駆動するために、アウトカーストに住む前田、斉藤とはなかなかかみ合わず、多分論理的には納得できる部分があっても、感覚的に拒否するところがあるように見えました。

 また、この三角の中では「忖度」という行動も起きやすく、特に山本の言にはそのことが頻繁に見え隠れしていることが解ります。

 一方斉藤は完全に三角の外側からピラミッドを観察する水平世界に住むため、多様的、非局所的な今流行りのブロックチェーンシステムとも重なる世界観を持ち、これまでのイデオロギーを超えたところで、アイデアを提言しています。また前田は本人が言うようにこれまでは資本主義的戦いを原点としていたものの、前田が目指す理想は多分に多様的、水平的要素が強く、そのために前田自身が斉藤の影響で三角形の外側を発見した感があります。これは視聴者側から見ると、自分がはたしてどちら側の住民か?を考えさせるきっかけにもなっています。最終的には前田が「欲求階級を上がっているだけ」という言葉を使っていましたが、まさにこれこそが「精神の進化」と感じています。そして新しい世代の中にこうしたアウトカースト的存在がどんどん増えている現象は、人間革命とも言うべき「精神進化」の時代に突入している実感を得ました。この番組の企画者に敬意と感謝の意を伝えたいと思います。

新世代が解くニッポンのジレンマ
「お金もうけのジレンマ~新世代の資本主義論」
欲望が欲望を呼ぶ、欲望の資本主義
「今、お金って何ですか?」

8人の大金持ちと、世界人口のおよそ半分が持つ総資産ほぼ同じ。
そんな中、アメリカでは今、社会主義の成立を願う若者たちの姿が・・・


そもそもマルクスは資本主義経済が高度に発展したその後に、自由で平等な社会主義が創られると考えた。“必ずしもお金もうけじゃない”アメリカでマルクス経済学に目覚めたという斉藤幸平。今、社会主義にイデオロギーを超えた可能性を見出している新世代の経済学者。
対する“企業家はまず10億円稼いでからが勝負!”ネットビジネスに新機軸を掲げる前田祐二

前田が立ち上げたのは、誰もがライブ配信できるプラットホーム。エンタメ業界に新たなモデルを打ち出し、注目を浴びている。
そもそも資本主義ってどんなことを目的とし、どんな機能をはたしてきたのか?
資本主義の発生の歴史から研究する、産業革命の発祥地イギリスに10年以上身を置き、ビジネスと社会の関係を問い続けて来た歴史学者山本浩司

日本でも産業構造は激変、サラリーマンが安定とは言え
ない時代、先行き不透明の中で、企業を目指すか?
はたまた起業か?若者たちは揺れる。

新たなマルクス経済学の視点を交えつつ、お金もうけ経済のこれからを語りつくす

 

「お金もうけのジレンマ」新世代の資本主義論
古市:    斉藤さんがマルクス経済学者?

斉藤:    そうマルクス経済学者。

古市:  マルクス経済学者の人から見ると起業っていいものなんですか、悪いものなんですか?

斉藤:  端的に言えば資本家になりたいということを実現する手段で、学生たちと話していると、日本
     の今までの働き方、日本型雇用で働くのはどんどん難しくなってきている、それに対するある
     種のオルタナティブとして自分はこの階級社会でチャレンジして起業し、資本家になりたい
     という。むしろ、このことにびっくりした。

古市:  マルクス経済学的には正解はどっち?

斉藤:  そういう対立をなくし、資本家もお金もうけをしなきゃいけない、プロセスに追われて いるわけで、そこから解放してあげようということ。

古市:  もともと搾取ってどういう意味?

斉藤:  資本家は労働者に給料分以上に労働者が価値を生み出していること。

            利潤は不払い労働分からきている

資本家は労働者に給与の分以上に働かせ、儲けを確保する。これを搾取とマルクスは呼んだ。生産手段を持つことで、資本家が富を蓄積していることを批判したのだ。搾取され続けた労働者は団結して資本家を打倒、自ら自由で平等の社会主義経済をつくる。そうマルクスは主張したのだが・・・

古市:    だから資本主義経済を回すためには、どうしても労働者から搾取が必要?

斉藤:  そうですね。資本を増やしていくことが資本主義の根本的なメカニズムだとすれば、そのた
めには必ず労働者たちが剰余労働をして、もらうより多くの価値を生み出さないといけないことになる。 お金もうけをしない、という状態になった方がむしろイノベーションが起きてくる。お金もう
けのためだけにイノベーションをしていると、視野が狭くなったり、本来なら繋がるチャンスがあるようなところも特許とか、お金の関係で遮断されているところが突破らわれる。

前田:   お金目的でやっている人の方が、お金が集まらない。共感ってそういうものですよね。

前田による誰でも動画をライブ配信できるプラットフォーム、応援したい表現者に、観る人は有料のデジタルギフトをプレゼント。そこに利潤が生まれる。共感がこのビジネスの鍵だというのだが・・・

古市:  企業体として回るってことは結果的に一方で誰かの何かをを搾取しているって面も多分あるわ
けだよね。

斉藤:  今だと、明らかな搾取ではなくなっている。参加している人たちも自分でコンテンツを上げてその中で楽しくしてる。同時にそういうフリーで上げられたコンテンツを基にして、Yutubeなり

SHOWROOMさんなり利潤を上げているっていうのは、それまでの工場で労働者たちがた くさん搾取されているみたいな状況とは全く違う形で新しい富を生む形態になってきているの  かなって・・・

前田:  供給者と消費者の境目が曖昧になってきているから単純に「搾取」って言えなくなってるんじゃないですかね。

古市:  斉藤さんからすると、あからさまな搾取と、でもみんなが意外とハッピーな搾取で回ってる社
会ってどっちがいいですか?

斉藤:  だからあからさまな搾取が難しくなってきてるってところあると思うんですよね。単に、モノ を沢山つくって売るっていうモデル自身も行き詰っていますし、

古市:  それはそれで別にいいんですか?

斉藤:  いや依然として、そういう意味では搾取は続いているので、もっと違う在り方があるんじゃな いかなと思っていて。

古市:  山本さんは歴史がご専門ですけど、共感を基に仕事するみたいなことって別に、今始まった事 でも・・・なんか昔からあるんですよね。

山本:  そうですね、例えば300年ぐらい前の時でも、例えばイングランドだったら、すごく国内投資・・・まあ要は投資する対象がどんどん増えていく時期というのがあって、ちょうどイングランド銀行が始まって、ベンチャー企業がバーッとでてくるんですよね。で、コーヒーハウスに色んな人たちがビラを配っていて、そこで例えば「私たちは ここに水を・・・新鮮な水を飲めるようにします」と。「そしたらすごくいいですよね。生活の質も上がりますよねと。かなりあの手この手で、それこそ投資をしてくれるかもしれない、その人たちの関心とか興味とかを買おうってずっとやってるんですよね。

古市:  今で言う・・・NPO 社会的企業と近い?

山本:  極めて近いと思ってます。

古市:  ただ、内心それはお金もうけなんですか?それとも本当に、社会的にいい事をしたいってそういう活動をしたのか、どういう場合が多かったんですかね。
山本:  それがすごく面白くて、実際に仰ったように、これ本当なんだろうか?っていうふうに当時の人たちもやっぱり思ってたわけです。これ結局ただ私利私私欲を追及してるだけなんじゃないかと疑問とか批判っていうのは常にあって、だからそれ自体も新しくない。

古市:  前田君の回りの企業家とか前田君自身も私欲追求型の企業家っていないっていうか流行んない気がするんだけど。

前田:  少ないですね。

古市:  本気で、社会のためとか、こんな社会創りたいって言ってるのか、それとも私欲が恥ずかしいからそういう風にしてるのか。

前田:  いや、多分欲求階級上ってるだけだと思う。多分一定のところまで自分のコップが満たされてんですよ。だからお金が増えてもそんなに幸せじゃないなと。

 その次の段階の幸せをもたらせてくれるものは何だろうと考えたときに、自分が利他的な行動を起こして世の中に対して、社会的な価値を与えたときに返ってくる共感とか感謝を得た幸せの効用が大きい。

赤木:   起業したいなって思ってる方っていますか?おうっ!3人。どうですか?今の話を聞いて。

会場:  大阪市立大学イノウエです。

斉藤:  うちのゼミ生です。

古市:  あら、マルクス経済学の先生から、起業したい。

前田:  めっちゃ面白い構造ですね。

赤木:   矛盾がちょっと・・・ 最初言ってたの彼。

井上:  なんか今利潤を追い求めたらあまりよくないっていう風な風潮になってて、ずっと僕も資本主義がすきだったので・・・

古市:  資本主義が好き?大丈夫ですか?あんまり主義として好きっていわないでしょ。むしろ当たり前にってて・・・

斉藤:  なんか解りやすくて楽しいなって思うんですけど。

井上:  それで特に斉藤先生は社会主義なのでちょっと聞きたいなっていう。

古市:  そんな分かれてんの?解りやすく。

井上:  興味があるっていうか、その利潤についての話なんですけど、NPOとかって結局社会に対して価値を出そうとしているもので、価値が出なかったら利潤を創れなかったらNPOと言って、価値がでちゃったら普通の株式会社っていう風に言ってるようにしか感じないなっていう風に今の話を聞いてたら思ったんですね。・・・っていうところの違いってなんなのかな みたいなっていう疑問があります。僕自身は自分自身で利益を追求してからじゃないと、人のことなんか、自立してない人間が人にアプローチはできないんじゃないかなって・・・

古市:  じゃ今のところただお金もうけしたいってことですか?

井上:  そうですね、今んとこザックリまとめるとですけど。

古市:  すごいシンプルな。

お金もうけがしたい。更に富を増やしたい。そんな人間の欲望に免罪符を与えたのが・・・経済学の父 アダム・スミス
自らの欲望に従いそれぞれがお金もうけを追求すれば、結果的に分業が達成され社会は豊かになる。それを「見えざる手」と呼んだ。スミスの理論を根拠に資本主義は膨らみ続けてきた。だが実はスミスは倫理学の書も残している。利己心だけでなく他者への共感が社会の要だとも説いているのだが


古市:  こういうお金もうけしたいという学生さんに対して斉藤さんは何て言うんですか?

斉藤:  やっぱり 日本自体の経済がマクロで見て行き詰まってくる中で、起業したい僕はそれがチャンスがあってやったんだっていう考え方の背景に、やらなかった人は自己責任なんだよ、というところが、どうしてもセットでくっ付いてくることが多くて。パイが実際狭くなってきたら、君だって失敗しちゃうかもしれないし、自己責任だけで切り捨てられない部分がいっぱいあるんじゃないか。そもそもチャレンジできない人もいるんじゃないか。そういうところに創造力をむけたらどうかなって・・・

古市:  確かに政策的には起業家ってすごい都合よく扱われてて、最近日本でも「起業を沢山増やしましょう」みたいな事、国が言ってますけど、日本経済を成長させろみたいな感じで・・・スゴイ公的なミッションを背負わされてるのに、でも本人は自己責任で、失敗したら切り捨てられるっていうスゴイ体制側から見たら都合いい存在でもあるわけですよね。だからそれにはすごい欺瞞を感じるんですけど、でも思うのは斉藤さんが言うみたいに、もしも資本主義ってそういう・・・なんか乗り越えることはできるって思って、いろんな研究してるんですか?

斉藤:  そうですね、歴史的に資本主義っていうのはここ数百年のシステムであって、今出てきている傾向性を最大限に推し進めることによって、資本主義を超えた・・・僕は最近社会主義じゃなくてポストキャピタリズムって呼んでるんですけど、ポストキャピタリズム(ポスト資本主義)にいけるんじゃないかっていうふうに考えてますよね。
古市:    それどんなイメージなんですか?ポストキャピタリズム。

斉藤:  イメージで言うと、どんどんオートメーション化が進んでいく中で、労働時間を減らすチャンスが出てきている。2個目は今言ったみたいな情報とか知のどんどんフリーになった無料な共有みたいなのが進んでいる。三つ目は、シェアリングエコノミーみたいなモノの社会的なシェアーでするっていうのが進んでいく、そうするとやっぱり資本主義の根本原理である私的所有とか、価値を追求するとかいう原理がみんなでシェアするようになったり共有するようになってくると揺らいできちゃうと思うんです。そこにある種の突破口が見えてくるんじゃないかなと。

山本:  なんか僕そこでちょっと伺ってみたいのは、そこでもしも所有みたいなものがなくなってしまうと競争ってそもそもどうやってするのかなっていうか、競争そのものが要らないって話になるのかどうかっていうのが・・・そもそもシェアリングエコノミーとか今仰ったところのオートメイションとかいろんなものを可能にしているものがどうやって創り出されたのかって考えると、やっぱりいろんな感じるところで。例えばシリコンバレーで競争したり・・・

斉藤:  そうですよね。ただよく言われる例ですけど例えばオープンソースなんかの例で言うとWikipediaとかLinuxみたいな感じで、みんなが別に競走しないで他人に貢献してシェアしたいっていう気持ちからあれだけ大きなプログラムとかができたりするわけですし、シリコンバレーの例も挙げられましたが、それであればクラウドファンディングみたいな形で挑戦心のある人を応援したいっていう人たちも出てきている・・・・

山本:  クラウドファンディングってまさに資本主義じゃないですか?

斉藤:  資本主義を超えるような今迄みたいな資本をいっぱい持ってないと大きな企業を創れないっていうモデルから、むしろ誰でもチャンスがあって水平的で分散化したようなモデルで新しい社会的起業を行えるっていうのは、全然違う資本主義の在り方になってきてるわけですよね。

山本:  なんか、それって僕が実際に研究の対象としている300年前のイギリスとそんなに・・・まあちょっと もちろん語弊があるけれども似ている部分も多いような気もしていて、じゃあちょっとここは一丁共感を求めるようなメッセージで新しい会社作ってみようかな、ロンドン行ってちょっと一発勝負してみようかな。でそうするとクラウドファンディングが当時やっぱり可能になっていったわけですよね。

斉藤:  面白いのはそういう新しいビジネスが、イギリスの時よりも更にグローバルな規模で人と人を繋げるようになっていって物さえ、知識も物もどんどん共有するようになっているというところに全然違う資本主義の原理が出てきちゃう。
山本:   そのネットワーク化されてる状態っていう点は、多分300年前とは全く違う・規模が違う。速度も違うかもしれない。

斉藤:  それを支える技術が変わっているから速度が違うし・・・

古市:  それって「ポスト資本主義」ともいえるし、逆に資本主義の行きつく先っていうか資本主義がより徹底された共感とかさえも商品になってきた時代とも言えるわけですよね。それはそれでいいんですか?

斉藤:  ある意味それが、人と人のネットワークが強まってきているっていう側面は・・・

古市:  じゃあ、斉藤さんが描く未来と前田君がやってることって近いちゃ近いですか?

斉藤:  そう、だからそういう新しく出ている技術っていうのは、実はさっきも仰られた話で必ずしもお金もうけじゃないっていうところはまさにポストキャピタリズムを示してるんじゃないかなと。

前田:  過渡期だから今説明しにくい現象が起きてると思うんですよ。例えばUberとかだって上場しますとか言ったら上場して資本市場でお金を集めたら、資本主義の仕組みの中でロジック動くじゃないですか。

Uberは世界80か国ほどで展開されているアプリで車を呼べるサービス。一般の人が客にもドライバーにもなる。シェアリングエコノミーの実践例として注目をあつめている。

前田:  一方で消費者側に目を向けると、消費者は所有ではなく共有っていう、つまり・・・入れ子の構造になってんですよね。消費者は共有でOK.でも運営している側はめちゃクチャ奪い合いです。タクシーも倒さなくちゃいけないし、ほかのUber2みたいなの出てきて、Uberのビジネスモデルパクって誰かがやろうとしてもそれは潰さなけれ仰られたばいけないじゃなですか。

斉藤:  そこが資本主義が自分で作り出している可能性を抑圧しちゃうポイントになってて、だけど資本主義にいる限りUberはそれを絶対手放せないから、そこがやっぱりまだまだこれからある種の…
古い言葉を使えば「階級闘争」っていうのが必要になってくる。

山本:  例えばSHOWROOMみたいなビジネスでシェアを広げていきますよね。

前田:  はい

山本:  そんなに広がっているのは不当だと、独占に近づいてるって言われたらどのようにお感じになられる?

前田:  いや、でも なんか・・・その通りなんですよね、それって。僕らが抱えているジレンマなんですよ。それこそ。

山本:  へぇ~。

前田:  だから一強になってしまうとまさに仰ってる通り、歪みが・・・歪み構造になっちゃうんですよね。だから既存の・・・例えば僕らで言うとエンタメ業界の権力の偏りの構造がちょっと違うねって思ってるからそれを分散させるために個人でもそれこそ歌を歌ってとか、踊りを踊ってとか、楽器を弾いていって・・・例えば生計を立てられるまでファンを付けるっていうのが僕らのやってることなんですけど、それが成り立ってる裏側で価値がどんどんついてきてしまって僕らに権力が寄ってしまうんですよね。

古市:  それは目指す未来とちょっと違うっていう。

前田:  そうなんですよ。その行きつく先は本当は僕らに寄った権力を分散させていくようなことだろうなって思ってるんですけど。

赤木:   その分散っていうのは前田さんのような社長さんがやりたいと思ったら資本主義の下ではできない?

斉藤:  出来ないですよね。やっぱり知識を独占して労働者たちから取り上げるっていうことをやった、そういうのを進めていったのはまさに資本主義のロジックで、それをもう一回 でもこれだけネットワークが進んできたら知とか情報をもう一回自分たちの側に取り寄せるんじゃないか・・・・

古市:  「自分たち」って誰なんんんうか?

斉藤:  ま、資本家じゃない人たち、ちょっと立場が出ちゃって・・・・

古市:  でも マルクスの時代ってそれこそ工場を持ってないと資本家になれなかったとかだと思うんですけど、今って別に ほんとタブレットとかスマホとかでビジネスができちゃう時代だから資本家と労働者って昔ほど強固な対立関係でもないのかなと思えちゃうんですけど・・・

斉藤:  僕はやっぱりそういう・・・「起業家がいつでも誰でも」できるというのにイデオロギーを感じる。やっぱり非正規の人とか非常に生活が毎日苦しい中で日々の生活に追われていたらそういうことを考える余裕もないし、とにかく彼らが求めているのは、チャレンジしてワンチャンを当てる事ではなくて むしろ日々の安定とか 普通の生活をしたいって事じなんじゃないかって、そういう人たちにも目を向けて考えていくことが重要なのかなって。非常に貧困率とかを見ていくと苦しい生活している人が極めて多くなってきているので、かなり追い込まれている人たちも多いっていうのを考えると、その人たちに「起業しろ」「チャンスはあるぞ」っていうのは・・・

古市:  確かにそれは極端だと思ってて、国の色んなフリーター支援政策とか、いろいろ見てると、フリーターになるか起業するか、みたいな極端な事を迫ってて、フリーター問題に関する報告書なのに最後の結論がみんな「起業しましょう」みたいな感じになってて、さすがにそれは無理だなと思うんですよ。でも企業って実際どのくらい大変なんですか?

前田:  う~ん、なかなか大変なんじゃないですかね。折れない心があればね。逆に    辞めなければ成功するというモデルになっていると思ってて、ほんとに資金調達の難易度が下がってるんで、ただ起業していろいろな困難というか壁が立ちはだかるときに壁をぶち破れるかどうかっていう精神力ってあると思うんで、誰もが起業すべきだとは思わない。

あな:   どういう壁があったんすか?

前田:  例えば急に・・・まだ社員が10人15人しかいないのに、10人くらい辞めると言い出すとか。

古市:  さっきも起業したいって学生の方もいましたけど、勧めますか?起業したい人に対しては。

前田:  モチベーション超高ければ、ほんとに僕は勧めますね。例えば今から話す・・・起業すると起こる嫌な事全部話すけどこれが起きても全然ハッピーに働けますっていう打ち返しますって思うんだったら、やった方がいいとおもうんですけどね。

古市:  逆にそれができないんだったら安定した何かを求めた方がいい。

前田:  結局 理想の社会 選択肢が広がっていけばいいと思うんです。

山本:それを広げていくためにじゃあ それが広くなったんでこれまでのように安定した生活をしたい人たちは前よりも苦しくなるかもしれないけれどもそれは選択が広がったにもかかわらず・・・それを選ばなかったあなたたちの責任なんですよ、ということに?なっちゃう可能性ってあるんですかね。

斉藤:  だからそうまらないように、もう一個違う対案っていうのを出していく必要があると思ってて、社会的に、今までの日本型雇用も難しくなっている。かと言って起業をみんなに求めるのは酷だってなった時に、イギリスなんかだと新しい案が出てきていて、ピケティーの話をよくこの番組でもしてると思うんですけど…
資本主義が生む格差を分析した「21世紀の資本」が世界中でベストセラーとなったトマ・ピケティ
重要なのは民主主義がこの強力な市場を正しい方向に導くことです。

ピケティーが提示し有名になった不等式

過去数百年の膨大なデータから、資本の収益率は労働による賃金の伸びより大きいと実証した。富めるものがより富むのが資本主義の定めなのか?rがgより大きい、資本の収益率が経済成長率よりも大きいから資本を持っている人はどんどんお金もちになって格差が広がっていく議論がはやったじゃないですか。ピケティーはその時に課税して再分配していこう。rを抑えようって話を取るんですけど

今イギリスで出てきているのは、コービンたちが行ってる話で、rをだったら労働者たちが自分たちで取ってしまえばいい。協同組合みたいなものを創って自分たちでrを管理すればこの問題を解決できるんだというのがでてきてるんですよね。

古市:    一部の資本家に利潤が集まりにくい構造を創るってことですか。

斉藤:  そうですね。だから企業が跡継ぎないからどっか売るってなった時に労働者たちに先買い権みたいなのを与えて、このビジネス買いますか?というオファーを出すんですね。労働者たちが買うって言ったら、その企業がある種の協働組合で、労働者たちが自分たちで清算を管理するような一つの企業になって

古市:  一方でただ実際会社やる時って、特に初期ってピラミッド形の構造とかにしないとなかなか難しいときもないですか?命令系統もしっかりして、ちょっと兵隊っぽい人がいないと回らない時期とかって言うのは。

前田:  絶対あると思います。

山本:  それを今言ったような水平的なメカニズムで実際にどのくらいできるんだろうかっていう・・・素朴には疑問に思いますね。

古市:  そこの中で人間の能力の差っていうものをどう考えます?

斉藤:  完全に平等かっていうと、そうある必要はないと思っていて、責任ある社長みたいな代表の人がいて、いろんな…その人の年収が高かったりしても、もちろんいいと思うんですけど、その時にそもそも経営とかいろんな事に関わりもできなかったときよりも、自分たちで協同組合的に運営していく時では、全然その労働の中身みたいなのが変わってくるんじゃないかなって。その労働の内容も協同組合的に水平的に決めていけるようになったら。少しはまともな労働環境が実現できてくるんじゃないかなって。

古市:  うんうん、赤木さんは、しぶしぶ働いています?

赤木:  うっ…私はどっちかっていうと性格的にそんな決定できるような自信もないですし、あの…平でいいっていう方なんですけども。

前田:  今の話って労働者に当事者意識を持たせた方が社会全体の生産性が上がるという社会の論理っていうか…労働者一人ひとりに聞いて見ると確かに今赤木さんみたいに「いや当事者意識とか言われても…」って正直思う人はいるかもしれないと思います、確かに。

斉藤:  奪われてる状態で聞いても絶対それは「そんなこと言われたって…」ってなっちゃうと思いますね。そもそも当事者じゃなくなってるような状態にされているから。実際に与えてみたらそういう経験を通じて自分たちで会社をどう運営するのかっていう民主主義的な経験がどんどん広まって…

山本:  そこで「民主主義」っていう言葉が出てきたの、すごい大事なのかなと思うんですけど結局みんなが大統領とか政治家みたいな沢山の決定権とかが必要だっていう事じゃ多分ないんですよね。そうじゃなくて恐らく何らかの形で町内会に関わるのと同じような感じで、例えば仕事もそこで働いている会社にも町内会的な感じとかPTA的な感じとか自治ですよね。

斉藤:  いきなりみんなに「決定権欲しかったら起業しろ」と言うとすごいハードル高いと思うんですよね。だけどもしかして…「みんなで企業を運営しよう」となったら少し心のハードルが下がる

古市:  でも会社を変えるにしても社会を変えるにしても、フリーライダーが一番お得な訳じゃないですか。個人的に考えたらね。自分じゃなくて誰かがやってくれるのを待ってて誰かが変えてくれるのを見てるっていうのが一番お得なんだけど、そうじゃなくてみんなを参加させる仕組みってどうやってつくれるんですかね?

斉藤:  だからやっぱりまず…規模をできるだけ小さくするってことですよね。みんながちゃんと参加できるような規模にはしていく。さっき最初に言ったような知とか情報とかテクノロジーがどんどん共有されるようになってくると小さい企業も大企業と同じような商品を作れるようになっていく。そうしたら経営にもどんどん参加できるから民主主義的な経験ができるんじゃないか。

前田:  ポイントは「はね返り」だと思うんですよ。はね返りを感じないっていうか自分の影響力を感じない規模感と言うのがよくないと思っててなんでもそうなんですけど、テレビとLINE、どっちが楽しいかっていうとLINEだと思うんですよ。はね返ってくるから。インタラクションがあるから。

山本:  そういう意味でははね返りのいいメディアをお作りになったと?

前田:  そうそう。僕ははね返りが一番大事だと思ってるんで。 

山本:  他の分野でも少しづつそういうはね返りを感じ取れるような、そういう経験が少しづつ積み上げていければエンパワーメントじゃないけど、こういうふうにできるんだって、例えば政治においても自治においても…

斉藤:  だってエンターテインメントでもそれできる技術があることが証明されているわけですから、違う分野でも。

富を生む仕組みは時代と共に更新されていく、その時市場を動かす欲望も変わる。心の底に眠る欲望の形をみつめて…

古市:  ただやっぱり人間の欲望ってもの自体はもっと根源的っていうかやっぱり昔から体をすごくきれいに飾りたいとか、いろんなものを所有したい、海外のすごく美しい宝石が欲しいっていうもの自体は資本主義どころかもっと何千年の歴史があるわけじゃないですか、だからもっと根源的に考えたほうがよくて…それを一番叶えてくれるのが、今のところ資本主義なわけですよね。

古市:  山本さんは資本主義の始まった時代とかにすごく詳しいわけですけど、資本主義ってどうなんですか?終わりそうな感じあるんですか?

山本:  実際には簡単に終わらないんじゃないかなっていうふうに考えてます。やっぱり人々が何かを欲しいとか欲望をすごく巧みに駆動させる、そういうシステムとして出来上がってきたという経緯が、少なくともこの500年ぐらいではあるように感じていて、いきなりなくなるっていう事はそれはちょっとないんじゃないかななんて。

斉藤:  もう一個考えなきゃいけない要因としてはエコロジーだと思うんですよね。結局欲望を突き進めていって、大量生産、大量消費の社会ができて、それに基づいて資本主義は成長してきたわけですけれど、自然はその理論とはかけ離れたもので動いているので、温暖化とか最近だと「第6の絶滅期」とか言われてますけどそういう側面も結局は考慮にいれていかないと生きていくっていう事自体危ぶまれたときにはそんな欲望とか言ってられないっていう風に思う世代がでてきてもおかしくないのかなって…

古市:  でも資本主義体制下に生きる人もそんなバカじゃないから、やっぱり今も二酸化炭素の排出量を減らしましょうとか、だんだん折り合いをつけてうまくやってきてるようには見えるんですけど、それでもまだ足りないんですか?

斉藤:  やっぱり不十分ですね。

前田:  一方で僕結構欲望って…僕らの欲望が進化するすっごい大事な時期にいきていると思ってるんですよ。なぜかって言うと繰り返しこればかり言ってるんですけどインターネットが登場したことによって僕らの利他的な行動が瞬時に可視化される状態になてるじゃないですか、これすごい…僕歴史を見ても大事なことだと思ってて、今って例えば僕ら、この収録が終わったあとに外で車に引かれそうな少年を「あぶない!」って救ったら誰かが動画撮ってて「古市マジヒーロー」ってTwitterで拡散して、その利他的行動は多分古市さんの社会的価値を上げますよね。それこそマークザッカーバーグが宝石を買ったりしないじゃないですか、基本全資産をバン!って寄付するじゃないですか。

古市:  いいために使ってる

前田:  それはやっぱインターネットが可視化している利他的な行動がすごく大事だと思ってて、その行動は加速していくはずだと思ってるんですよね。今ってそうだと思うんで。

古市:  あとは多分…称賛されにくい行動はたぶん起こされにくい例えば町で交通事故救うとか誰から見ても分かりやすい利他的な行動は評価されるだろうけど、評価されにくい利他的な行動とか…、だからいかにも貧困者じゃない貧困者を助けるとかって事は多分なかなか称賛されにくい…って事を考えるとそこでまたどうしても救われない人が出てきちゃうというか、そうするとそこはどうするんだってことになりますよね。

山本:  そうすると結局それはビジネスとしてのある種の共感ビジネスというか…なってしまっていないのかってそこに光と影で、影の部分があるんじゃないかっていうことに…

赤木:  共感とかって時代によってどんどん変わっていくちょっと不安定なものでもあるんじゃないかなとは思ったりして。
前田:  そうなんですかね。
古市:  共感ってすごい曖昧なものをベースに社会作ってくと確かに怖さみたいな不安定さは多分ありますよね。

前田:  確かに定義しにくいですからね。共感って「共感」って言葉の中に好きとか、感情移入とかその事ばっか考えちゃうとかマインドシェアを奪われるとかそういった細かいものが全部バーッと入ってまとめて「共感」っていってるんで、そもそも定義が不安定なんですけど、

斉藤:  最近はそれを数値化しようとして「いいね!」の数にしようとかそれこそツイートの数にしようとかなってくると、最近よく言われるのが、アテンション・エコノミーみたいな感じで要するに炎上させて、数さえ稼げばそれでいいんだ。それが企業のもうけとか知名度の向上につながっていくんだと。

山本:  それは反感を集める事によっても共感を集める事によっても同じくビジネスが回るかもしれないと言った時にどいう風にそれを…

斉藤:  だからそこにはやっぱりフェイクとかの次元をどう扱っていくかって重要で…フェイクでも注目さえ集まればアテンション・エコノミーの中ではそれで成り立っちゃうわけですよね。そうなってくるともう何でも注目さえされればそれでいいという話になってしまうと信頼とか真理とは何かとかそういうのもどんどん揺らいできちゃって。そうしたらさっき僕が行ってた民主主義なものっていうのも多分どんどん揺らいで行っちゃうので、

新春の「欲望の資本主義2018」とりわけ大きな反響を呼んだのは気鋭の哲学者の言葉だった。

資本主義は「見世物(ショウ)」だトランプはその象徴だ、今日の資本主義の世界はいわば「商品の生産そのもの」になった。そもそも生産する(produuce)とは何か?

語源は「前に(pro)持ってくる(duce)だつまり商品の生産とはいわば見せるための「ショウ」なのだ。今のアメリカの政権が富を生み出す方法はまさしくショウ形式によるものだ。

フェイクニュースのような偽物があふれている理由の一つは大量生産がなされる状況において恐らく偽物が理想的な商品だからだ。恐らく偽物が理想的な商品だからだ。ベストの商品は安く作れて上付いたモノなんだ。

iPhoneを発明しても同じiPhoneを作り続けてもダメだろう?成功者でいるためには何かを達成するだけでなく、絶えず成功し続け、自ら維持する必要がある。これまで見えていなかったものに目を向けるのだ。新たに「存在」をみつけ値段を付ける。

斉藤:  やっぱり今は資本主義が絶えず新しいものを見つけ続けなきゃいけないっていう点に関して言うと  すごい困難に直面していて、もう技術革新の猶予もないような状態まできている。そうなってくると新しい商品が出なくて資本主義もいき詰まってくる。


古市:  そういう中でやっぱり共感みたいなものまでどんどん商品化されちゃうっていうか、これはなんかいいんですかね?

斉藤:  一時的な先延ばしにはなってると思うんですけど車とかiPhoneみたいなものに比べたら雇用する人数も全然違うしそこで動くお金という意味でも資本蓄積の観点から言っても全然小さいと思うので、やっぱり行き詰まるのはもう早晩くるかなっていう気はします。

山本:  ただ同時に資本主義を振り返ってみて、そもそも資本主義ってどんなことを目的っていうか機能を果たして来たんだろうかっていう風にかんがえると、それぞれその時その時にやはり解決できない、政府だけとかでは解決できないような問題というのがあってもしくは例えば自治してる人たちだけでは解決できないような資本を集める必要があるような問題があってそれをそのときその時に解決してきたというように見ることもできると思うんですね。だとしたら今そういった、じゃあ自然環境を考えないと危機的な状況になってるとそれを解決するときにじゃあどういうふうにビジネスがそれをチャンスにできるのかって考えることもできると思うんです。

斉藤:  ビジネスはそういう意味では資本主義の下で色んなイノベーション起こしてきたのは事実だと思うんですけどそれがある程度までいくと更なるイノベーション、更なる協力関係とかを作り出すためには足かせになってしまう。多分特許とかがもうすごくなっちゃってるわけで。

山本:  じゃあ例えばそうすると自然環境を、例えばオゾン層にしても温暖化にしてもビジネスチャンスにして生かしていきたいと思っても競争してる会社で足引っ張っちゃったりとか特許競争になっちゃって足の引きずり合いになっちゃって…って事ですか?

斉藤:  そう、それが資本主義のジレンマで、もし本当に発展させたかったらもっとオープンソースとかで、フリーにシェアできるようにしてったらいいんですけど、でもそうしたらできる製品も凄く安くなっちゃうし利潤を上げられなくなっちゃうわけですよね。利潤上げようとしたら独占しなきゃいけない問題解決しようとしたら協働しなきゃいけない

古市:  山本さんから見てシェアリングエコノミーとか、今出て来たような事例は、資本主義では反りが合わないものなのか、それとも資本主義の枠内で考えられるものなのか。

山本:  僕はそれは枠内のものなんじゃないかなというふうには感じますけど…

古市:  全く新しいものというよりもむしろ昔からあるもののちょっと変形系にすぎない…

山本:  そうですね。

斉藤:  今迄だったら、新聞買ったり本買ったりCD買ったりしなきゃいけなかったのが、どんどんコピーされて一瞬で全く同じクオリティーの物がどんどんタダで、場合によっては拡散していくってなったら実際CD会社にしてもジャーナリズムにしても脅かされてるわけで、既存のモデルってどんどん壊れていくと思うんですよ。

古市:  でもそれでも音楽業界は「CD売れなくなりました」でも「じゃあライブ増やしましょう。ライブの物販で売りましょう」って、結局お金もうけの仕組みとしては回ってるわけで、結局携帯が変わってるだけなんじゃないかなっていう気もするんですけど。モノからコトへ

前田:  あと、イノベーションっていう市場規模には全然ならないっていうのがあるかもしれないですね。ライブエンターテイメントってそんなにおおきくないんで。だってね、東京ドームとか日本におけるライブの箱って数に限りがあって、ライブできる回数にも限りがあってそんなにスケールしませんよねっていう。

古市:  だからお金で見るとそれぐらいのスケールなんだけどなんか違う何かが確実にあるって事ですよね。

前田:  だからそれは多分僕は最近よく言ってるんですけど「可処分精神」って話なんですよね。人の要は…企業とかサービスって何かの奪い合いをして進化を遂げてきたと思ってるんですね。多分50年前くらいから起こった奪い合いの歴史というのは…(もっと前ですね多分今からだと、)①可処分所得の奪い合いだったと思うんですよね。テレビをメーカーが作って…Panasonic Sonyもテレビを作ってどのテレビを買うか消費者の選択の時に選んでもらうという、可処分所得の奪い合いですよね。その次に多分20年前ぐらいからGoogleが出てきてインターネットが出てきて、GoogleとYahoo!どっちに時間を使うかというその②「可処分時間の奪い合い」に移っていったと思ってますと。それがもう今日まで続いてると思うんですよね。僕らの時間が…多分お金って増やせるけど時間って増やせないから時間の方が価値が大きいじゃないですかと、結局Facebookも今世界中で見て時価総額上位にいる人たちって可処分時間を奪いまくってる人たちなんですよね。その次が何かって考えると、僕はやっぱりマインドシェアだと思ってるんです。③可処分精神の奪い合い可処分精神って僕らの精神って、割ける…何かに振り向けるのには限界があるから100%の可処分精神をちゃんと振り向けられる…ちゃんと奪える主体が勝ってくと思ってる中では、多分さっきのエンターテーメントの話はライブとか映画ってすっごい人の可処分精神奪ってるんですけど…

奪い合うもの 所得⇒時間⇒精神・・・?

古市:  ただなんかその時間を持ってる会社が時価総額が高いっていうのは何となくわかるんでけど、でもマインドがお金になるってどういう状況なんでうかね?

あんまり想像ができないというか、そもそも時間にしても最近「タイムバンク」とか個人の時間をどんどん切り売りするみたいな会社とかが多いじゃないですか、時間までが商品になるっていう資本主義ははたして持続可能かっていうとどうなんですかね?

斉藤:  どう考えても持続可能じゃないと思いますね。利子なんかがそもそもね、「信用」とかって時間を買ってるっていう意味では古典的な商品だと思うんですけど。やっぱりこういう藻です自体がかなり…新しい商品を見つける難しさが来るところまで来たんじゃないか 

古市:  前田君はそこの…まだまだ業界は成長するとは思ってる?それとも無理があるのか?

前田:  さっきの可処分精神を正しく奪っている企業体やサービスやモノや人が永続的に反映し続けるっていうのはスゴイ思ってます。多分その究極の形が宗教なんですよね。

斉藤:  それこそどんどん商品、生産的なものから離れちゃってるような気がしますよね。

山本:  その方がいいっていうふうに考えるって事ですか?

斉藤:  だからそういう全く異質なもの…今まで私たちがイメージしてる資本主義のその売り買いみたいなモデルが結構もう全然違うところに行き着いて、今は何とかそれをお金もうけの手段に取り組んで来てるけどそれが この僅か10年20年のスパンでここまで変わって来ちゃったら50年とかのスパンで考えたら全然違う社会が…

前田:  そもそも経済を生産量とかGDPで測れなくなるでしょうね。

斉藤:  幸せになったりコミュニケーションはどんどんとれるかもしれないが、GDPって旧来の指標においては図れないようなものが…

前田:  「幸せ」って数値化されて見えてこないんですよね、経済の中で。それがある種再生数とかPVとかに転換されてそこに広告がついてその広告市場ってところでGDPで見えてるって言うかもしれないんですけど多分まだちゃんと数値的に可視化しきれていない部分って多いと思ってて。

斉藤:  可視化しきれない次元が一人ひとりの人生とか日々の日常においてすごい大きな意味を持つようになってきてる。

古市:  でもそれすごいファシズムっぽくなっちゃいません?なんか宗教と資本主義が合体して国家社会主義的ファシズムっていうか、すごい気持ち悪い社会になっちゃうんじゃないかなと思うんですけど、それでいいのかな?なんか…分かんないですけど。

山本:  けどそれは要は…脱中心的になっている

前田:  色んな…多神教なんですよ。

古市:  1個じゃない。

斉藤:  危険性としては、そういうプラットフォームがFacebookだけとかGoogleだけになっちゃったら危ういところがあるけど、それがもしもっと分散されていけばって言うのはありますね。

前田:  でもそうなんですよね。トップページがないなって最近思うんですよ。Youtubeプページなくないですか?

古市:  確かにね。自分によって違うしね。人によって多分違うし。

前田:  開いた瞬間 多分猫の動画とかたくさん出てくる…

古市:  多分その人のカスタマイズされた好きなものが並んでて。

前田:  すごい分散的で、多神教なんですよね。だからファシズム的になるかというとちょっと違うと思ってて、猫好きで好きでしょうがないんだよねっていう人たちの濃いコミュニティーみたいなものがもう無数に存在していて、その中で経済が回ってるっていう状況だと思いますけどね。

古市:  猫好きは猫の中でずっとくらしていくっていう…

前田:  嫌になったら犬に移ればいいし、

古市:  でも犬好きとは基本的に関わらないで生きてむわけですよね。それでもいいにかな?

赤木:  すごい内向きな感じになっちゃいませんかね。

前田:  あっでも別に猫好きであり、時には猫じゃない何か…アニメ好きでありとか、だから色んなコミュニティー同時に属するような感じになるんじゃないかと思います。抜けたり入ったりするのも自由だし。

山本:  今話ていたような新しいように見えるそういった資本主義の中の何て言うか光と影と両方あると思うんですけどその影の部分って何なんだろうっていうのはすごく気になる、僕も分からないから話してみたいっていう事だと思うんですけど例えば一つ考えられるのは、可処分時間を奪い合うとその中でどんどん「マインドエコノミー」というふうなキーワード出されていましたけども、そういった人々の気持ちも要は奪い合う対象にしたいっていうふうになってった時にじゃあこれまでだったらば7時間寝れたとか、6時間寝れたっていうのはどんどんどんどんそういった時間を奪い合ってこれもしたい、あれもしたい この人とこんなこともしてみたいっていうふうにやっていくうちにどんどんと睡眠時間が減っていくかもしれない。

古市:  睡眠時間は減りそう。

山本:  それに関しては減っていくことに関して睡眠時間を守る事をビジネスにするってことはあり得るんですかね?

斉藤:  やっぱり資本主義の力っていうか常にどんなものが出てきてもガブリエルの言葉で言えば「異なるものを内に取り込んで商品化していく」っていう力がある。

古市:  だから全部が売り物になっちゃってそのなんかグロテスクさはすごいありますよね。

前田:  さっきの睡眠時間を削られるのも、別に労働時間を誰かに指示されて労働時間が増えて嫌々労働した結果睡眠時間が撒くまってるわけじゃなくて見たくて見たくてしょうがないわけで、例えば猫の動画見たいとかAKBの動画見てたいとかそれで削られているから…

山本:  それは見たくてしょうがないんでしょうかね?

古市:  そういうふうに駆動させられているとも言える

山本:  ですよね、また欲望ってとこに戻りたいと思うんですけど、きょう歩いて来た時に雑貨屋さんにちょっと入ったんですけど、すごくステキな小物とか置いてあって、あっ、いいなって 今パッと変えないけどこういうの買いたいなとかっていうふうな気持ちを巧みに駆動する形でみんながじゃあもと働こうとか、いい塩tに就きたいとかお給料もっと欲しいとかっていう事が繰り返されてきたと思うんでよね。その時にはなにが起こってるかって言うと消費の欲求もそうだし、あと人と比べてるんですよね。

斉藤:  でもそういう欲求だけじゃなくて資本主義の歴史の中にもみんなに安定した生活を実現したいとか、みんなに教育を受けられるようにしたいとか、みんなが安定した医療とかも受けられるようにしたいというそういうなんか連帯とか単なる「自分の自分の」っていうんじゃないような欲望もあって、現実に福祉国家とかを作ってきてる歴史があるので、必ずしも資本主義が欲望を創るっていう側面だけに着目しなくてももっといろんな側面が人間はあるんだろうなといろんなサービス…図書館であるとか、学校教育であるとか労働組合にしたってそういうのってやっぱ人々の繋がり合いからできて来た制度であってそれは別に資本主義の商品交換が創り出す制度じゃないけれど今の僕らが生活する中で極めて本質的なパートになってきてるわけですね。極めて本質的だからこそ商品化されるだからていないって言ってもいいかもしれない。

古市:  でも資本主義が生まれる前は福祉国家もなかったわけですよね、

斉藤:  もちろんそうです。

古市:    それは資本主義で社会がリッチになったからって事なんですか?

斉藤:  逆で それより以前はもっと共同体的に人々の生活を保障してた面がどんどんばらばらに解体されていったのを自覚的に もう一回アソシエーションという形で…

古市:  それほんとすか?でも暴力とか昔の方が多かったはずですよね。資本主義が貧困を作り出したんじゃなくて、多分人間にとってのデフォルトが貧困であって平均寿命も昔ってすごい短かったわけじゃないですか。貧困が当たり前だった暴力が当たり前だったのが資本主義によって人々がある種豊かになって暴力は減った貧困も当然残ってはいるけれども割合としてはすごい今減ってわけですよね。だからその面は認めた上でじゃあ次どうするかって話だと思うんですけど。

山本:  それが多分アダム・スミスがとるような立場だと思うんですよね。結局格差は亡くならないかもしれないけれども全体としてパイが増え続けてればそれだったらばやはりそうやって分業が進んで社会全体の富が増えていったようなそういったような状況を作った方が格差があってでも恐らく幸せな状況なんだろうなっていうのはアダム・スミスが主張して様なマーケットの望ましい在り方。それが常に実際に実現していたって議論は彼はしてないですけどね。

斉藤:  ただ…ねえ マルクスだったらば全く違う審判を下すというか、だから今の…例えば左派とかリベラルの論争って言うのも経済妹策やって…まず経済成長しないとパイが広がらないから再分配もできないでしょって話から「脱成長」かっていうので結構分断されちゃってると思うんですけど、前者の意見って結局トリクルダウンみたいな話とほとんど変わらないわけですよね。成長しないと再配分できない、だからそうじゃなくてもっと「第三の道」として、さっき言ったみたいにいろんな情報とか知とかモノのシェアみたいなのが進んでるんであれば、そもそも全然違った形でのもっと持続可能なポストキャピタリズム的な成長みたいなものを、単に資本主義的な経済妹町だけに止まらないような成長モデルを志向するべきなんじゃないですかなって。

山本:  じゃあマルクス主義とかポスト…要は今の資本主義を批判というか、乗り越えようと思っているっていう その立場と成長っていうのは両立するんですね?

斉藤:  だから成長ももっとできるんですよ ほんとは。でもその成長って言うのが、今思ってるような経済成長、つまり資本の価値増殖っていう運動を成長させるGDPを増やすみたいな話であらわれないようなものも成長させていく。

山本:  じゃあそれ何が成長するんですか?

赤木:  その成長の度合いを何で測るかっていうか、すごく曖昧ではありますよね。

斉藤:  今のところは曖昧ですけど。

古市:  この20年ですごくいろんなものが無料になったりとか安くなったじゃないですか、情報はほぼ無料になった。洋服とかも、すごくやすくなった。逆にでも何が最後まで、人々がお金を払う対象として残るんですかね?このサイクルが宮藤し続けると何がのこるんだろうなっていう。

斉藤:  その時にはもう企業は売り上げを上げられないわけですから、資本主義じゃなくなってるね、気がついたら。

山本:  そうかなあ。

斉藤:  だけどそこまで自動的に待ってたら、多分環境問題 特に地球温暖化が極めて深刻なことになってしまうので、早く移行する。意識的に移行するっていう意味で、理論が必要だと思うんだけどけれど、そういう意味ではかなり難しい段階にきていると思いますね。資本主義は。

あらゆるものを商品化していく資本主義…私たちに今本当に必要なものは?差異を求めるゲームの果てに待っている光景は…?

会場:  ♀東京大学 経済学部3年

前提として「情報は共有される」っていうのが大前提だったと思うんですけど普段生活している中で、情報は共有されるっていうよりは、一つの自分がいたい集団の中の情報のみが共有されるという意識があると思うんですけど、知識の共有が全世界的に進んでいくかって事に対して、すごい疑問があるんですけど、そこに対してはどうなんでしょうか?

斉藤:  Wikipediaみたいなものと考えたらいいと思いますね。

会場:  Wikipediaも調べようと思ったものしか調べないじゃないですか、それがはたして知識の共有と言えるのかっていう。

斉藤:  どこでも出先でもタダでああいったものがアクセスできる。しかもそれを単に上から与えられたんじゃなくて、自分たちで作りながら消費している。「プロシューマ」っていう言葉がありますけど、そういう意味で新しいものって言えるんじゃないかな。でもそれって結構現実問題プロシューマと消費者って本当に同じコミュニティーにいるので、コミュニティー的にはほんとに共有されてるかどうかすごい怪しいと思ってるんですけど。

古市:  実際多分一部のエリートは 多分入りんな情報にアクセスできるけれども、そもそも検索ワードを知らない人とか、調べようと思わない人との格差が結局情報の格差が広がっていくんじゃないかという懸念はあると思うんですけど…

斉藤:  でもそれは例えばWikipediaとかの構造的な問題ではなくて、そもそもそういう教育とか経済的な格差があるっていう社会システム上の問題だと思うので、だからそれを直していかなきゃいけないんだろうっていう。

会場:  ♂東京大学4年

情報のプラットフォームというのは前田さんもさっきおっしゃてたように、だんだん独占的な傾向を強めて…それは個人情報を全部保有していたり、それは結局どういう方法で解決すればいいのかっていうか、結構独占されることによる弊害は無視できないものになって行く思うんですけど。

山本:  僕 パッと思うのは やっぱりそれはマーケットに任せておけば上手くいくっていう事では多分ないと思うんですね。常に市場と例えば市民とか消費者とかそこで働いている人たちとかいろんな団体とかっていうのは、常に複雑な関係を作ってきたので、やっぱりそういった人たちの交渉の過程によって問題が解決されるのがすごい理想なんじゃないかなと僕は思うので。

会場:  ♂
イノベーションは僕は資本主義の方が確実に起こりやすいと思ってて、社会主義だとかポストキャピタリズムになった時に協力してWikipediaみたいに協力してイノベーションが起きていくっていう意見もあると思うんですけどやっぱり資本家っていうのはそこの仏―オーシャンというか今の世の中の人たちが見えてない部分を開拓していこうとするっていうところが資本家たちは持ってると思うんですね。なんで僕はイノベーションはやっぱり資本主義に方が進んでいくんじゃないかなと思うんですけどその点はどうなんかなっていうところを。

山本:  これどうなんですかねえ。結局競争原理を経由しないで協力とか団結とかっていう事で本当にイノベーションっていうかある種のこれまでとは違う事をしようっていう発想が…。

斉藤:  逆に聞くとなんで競争とかじゃないとイノベーションって起きないと思われるんですかね。

前田:  人間がそこ時からを出せるからじゃないですか?敵がいた方が。

赤木:  切迫感みたいな?

山本:  切迫感って僕はピンとくるんですけど、やっぱり自分が研究員としてまだ職が全く安定していない時期が7年間ぐらい続いてそれでイギリスで研究員をやってたんですけどもその時って大体一年契約とか、もっというと9か月契約とか6か月契約とかなんですよ。そうすると、せっぱ詰まるじゃないですか、そこで初めて僕自身もこれまで考えなかったようなしかたで、自分のアイデアを先鋭化したり、これまでだったら恥ずかしくてお願いします「自分の研究計画読んでください」って頼めなかったようなところに頼みにいって一緒にその人たちと議論をしたりとかって事をやったんですよね。それが全く逆だと。

斉藤:  だって最近よく言われてるのは有期雇用の人たちが増えて目先のすぐ業績が出るような論文とかばっかりが増えていて、今の社会でもうちょっと広げて言えば、もっとこの活動をしたい、もっと音楽を突き詰めたいとか、いろんな夢が、あると思うんですけどそれが結局 就活しなきゃっていうので諦めてみんなが同じようなことをするようになっていっちゃってる。画一性を 実は資本主義のマーケットの力で押し付けられてるんだっていう事をもうちょっと自分たちで意識してもいいと思いますけどね。

古市:  ギリギリの人がモノを生み出されるのか、それとも余裕ある人の方がモノを生み出せるのかすごい難しいとこでは…

斉藤:  だから逆に あらかじめイノベーションは競争じゃないと出ないって言って選択肢を狭めてしまう必要はないんじゃないかなと。

山本:  多分二者択一だっていう事が誤ってるのかなってきがしていて

斉藤:  いい意味で言えば 別にマルクス的な社会になったからって競争がなくなるかっていうと最初の協同組合みたいな例で言えばその中でよりいいものを他の人たちより作りたいとかそういう欲求って言うのは別になくせとは言ってないし、むしろ そういう自然に出てくるんじゃないかなっていう。でもだから それで少しへまをしたから首になって一気に職を失って生活保護になるみたいなものがなくなる。安心してもっと取り組めるんじゃないかなと。

前田:  勝ちはあるけど負けはないって事ですかね。

斉藤:  最低限の保障があるっていう。

マーケットは人を向上させるのか、それとも画一性を押し付けるのか、考え方の違いを際立たせつつ土岐は金なり…。議論終了の時が。

前田:  もともと僕 資本主義の先は勝ち主義と言うか価値経済、さっきの共感を得た人に何らか資本主義経済における資本的なもの現在だと「お金」が集まる時代だと思ってたんですけど、今日斉藤さんお話を聞いてそこに社会主義のエッセンスを入れるっていう発想がなかったんですよね。だからすごいそこが自分の中で考える一つの糧になったなと思ってて、それをブレンドしたような社会になるかもしれないし、あるいは社会主義的なコミュニティーもその選択の一つの余地として増えるのかもしれないなと思って僕が想像してたものよりももっと多様で、さっき多神教って言ったんですけど選択肢の幅が広がった未来を想像できました。今日の議論で。

赤木:  斉藤さんそういわれていかがでした?

斉藤:  やっぱりそういう意味で言うと社会主義的なものさえも、商品化してお金もうけの手段にするような力が、もしかしたら資本主義の中にあって歴史において そういう意味で社会主義、共産主義っていうのは、いわば負け続けてる周辺の歴史だとは思うんですけれど、その中でただエコロジーとかっていう問題に直面する中で、今までの在り方に縛られないような世代がでてくれば、少しは状況も変わってくるのかなって言う風に、ちょっとオプティミスティックに考えたいなと思ってますね。

山本:  やっぱり お話伺っていて思ったのは いつの間にか豊かさだと思っていたものが気がついたら睡眠時間が減ってしまったりとか、利他的だと思ったものが実はいつの間にか、搾取と区別がつかないような状態になっていたりっていうそういった難しさは これからも残るかもしれないと。そういう時代にやっぱり歴史から学んだり なんていうか常にこう監視の目を光らせるというか そういった余裕とか、それを見分けられるような目は必要なのかなっていう事を今日はすごく、今後の課題というか 直面している問題としても感じました。

古市:  僕は なんか今日 前田さんと斉藤さんがこんだけ共感してる部分が多くて

赤木:  つながってますよね。

前田:  思ったのは 一回小っちゃくてもいいから 斉藤さんが…理想だと思い描くコミュニティーを作って欲しい。その実験がしたいと思いました。

古市:  確かに 色んな歴史上の実験は今んとこ失敗ばっかりだから、そうじゃない何かがもしも本当にあるんだったら

前田:  ついなんか僕もコミュニティーつくる時に資本主義的な作り方をしちゃうんですよね。まず敵をつくりだしてとかしちゃうんで。

斉藤:  ポストキャピタリズムがやってきますね。(笑い声)

赤木:  そういう結論ではないかもしれないんですが、きょうは 新しい経済の形というものを考えてきました。みなさんありがとうございました。

参加者1:

新しく出て来た少しのシェアリングエコノミーって層じゃなくてもっとおおきな市場を持ってるような、ふだん多くの人が働いているような層ですごい利潤を上げるのが難しくなってきてるので、長時間労働だったり、低賃金だったりとか出てきてるというかその中に入ってどうやって自分たちで自治をするみたいなところを作って行ったらいいのかなって。どうにもにっちみサッチモ行かなくなってくるのかなという想いもあるとという不安とともにそういったところの人たちの話をもう少し聞きたかった。

参加者2:

私自身競争がすきなので、競走があってこその協調だと思ってて、自己利益、があってこその他己利益だって思ってたんですけど、必ずしもそういうのじやないって言うのは前田さんもおっしゃってて、みなさん仰ってたんでそうなんだなって。

参加者3:

斉藤さんとSHOWROOMの社長さんが、結構話が近くて、共感してた部分が、結構目指す未来って同じなんだなって。僕としては それこそ絶望の国の若者たちなので、そんなに僕欲望が強いわけじゃないんですけど、まあのんびり生きられたらいいかなって。その一方で面白いことやりたいなって思う自分もいて、まさにジレンマなんですけど。

 

あらゆるものを商品に変え走り続ける資本主義。モノからコトへ、コトからココロへ、次は何が商品になるのだろう。欲しいから商品になる?商品になるから欲しくなる?

目的と手段が逆転する パラドックスを私たちは超えていけるのか。資本主義のジレンマを超えて… 対話は終わらない

 

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